三陸鉄道北リアス線
(北リアス線から転送)
三陸鉄道 北リアス線 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国 |
|
| 所在地 | 岩手県 |
| 種類 |
普通鉄道 (在来線・第三セクター鉄道) |
| 起点 | 宮古駅 |
| 終点 | 久慈駅 |
| 駅数 | 10駅 |
| 開業 |
1972年(昭和47年)2月27日 (宮古線) 1975年(昭和50年)7月20日 (久慈線) |
| 経営移管 | 1984年(昭和59年)4月1日 |
| 所有者 |
日本国有鉄道(1984年まで) →三陸鉄道(1984年以降) |
| 運営者 | 上記に同じ |
| 路線諸元 | |
| 路線距離 | 71.0km |
| 軌間 | 1,067mm |
| 線路数 | 全線単線 |
| 電化方式 | 全線非電化 |
| 閉塞方式 | 特殊自動閉塞式 |
| 最高速度 | 90km/h |
本項では、三陸鉄道リアス線のうち、かつて宮古線、久慈線及び北リアス線と呼ばれた区間(宮古 - 久慈間)について解説する。
概要[編集]
現在こそリアス線の一部として運行されている区間だが、山田線の一部区間が経営移管される2019年までは宮古線(1972年2月~1984年3月、宮古 - 田老間)、久慈線(1975年7月~1984年3月、久慈 - 普代間)、北リアス線(1984年3月~2019年3月[注 1]、旧宮古線・久慈線区間および田老 - 普代間)として運行されていた。
沿革[編集]
前史[編集]
- 北リアス線のルーツは、1972年に南側が宮古線として、1975年に北側が久慈線として開通したことが始まりである。この路線は、開業当初はそれぞれ宮古駅から田老駅まで、久慈駅から普代駅までの短い路線だったが、両者は将来1つの路線として営業を行う予定だった。
- しかし、1980年に国鉄再建法が公布・施行されると境遇は一変。田老駅から普代駅までの区間を鉄建公団らが建設していたにも関わらず盲腸線で利用者数が低迷している路線として指定されてしまった。工事も中断され、この区間は宮古線および久慈線としての未成区間となった。
経営移管から三線統合まで[編集]
- 1981年に三陸鉄道が設立されると、未成区間の建設の再開はその会社が担うこととなった。そして、1984年4月に盛線は三陸鉄道に経営移管・田老駅から普代駅までの区間も完成し、北リアス線として生まれ変わった。
- 開通後、山口団地駅の開業や、山田線や大船渡線との直通運転、三陸鉄道初の快速列車であるサーモン号のデビューなど、華々しい経験を重ねてきたが、2011年3月11日には東日本大震災による被災を経験した。
- 2014年までに全線の運行が再開され、その3年後には十府ヶ浦海岸駅が開業したが、2019年に宮古 - 釜石間がリアス線として開通したことに伴い、三陸鉄道リアス線として統合された。
駅一覧[編集]
詳細は「三陸鉄道リアス線 #駅一覧」を参照
脚注[編集]
- ↑ あくまで案内上における事実上の路線名改称であり、正式名称ではいまだに北リアス線のままである。