マッドハウス

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株式会社マッドハウスは、東京都中野区に本社を置くアニメ制作会社

歴史[編集]

1972年10月に虫プロダクションの経営悪化を契機として、同社に所属していた丸山正雄出﨑統りんたろう川尻善昭杉野昭夫おおだ靖夫らが有限会社マッド・ハウスを設立した[1][2][3][注 1]。『あしたのジョー』(1970-1971年)、『国松さまのお通りだい』(1971-1972年)を制作した虫プロの石神井スタジオのスタッフを中心に30人ほどのメンバーが集まった[4][5][6]。初代社長はおおだ靖夫(網田靖夫)[2][7]

東京ムービー藤岡豊から資金援助を受け[4][5]、同社の外注プロダクションとしてテレビシリーズ『ど根性ガエル』(1972-1974年)、『エースをねらえ!』(1973-1974年)、『ジャングル黒べえ』(1973年)、『ガンバの冒険』(1975年)、『家なき子』(1977-1978年)、『宝島』(1978-1979年)などを制作した[2][4][8]。1970年代の東京ムービー新社では、東映動画の系譜に連なるAプロダクションと、虫プロの系譜に連なるマッドハウスが腕を競い合った[9]。1970年代後半からりんたろうを中心に東映動画や角川書店とも協力関係を築き[10]、東映動画のテレビシリーズなども制作した[3]。1970年代に出﨑監督、杉野作画監督のコンビによる『エースをねらえ!』『家なき子』『宝島』(1978-1979年)などで「最初の黄金期」を築いた[8]

1980年に丸山正雄が社長に就任した。当初は制作協力として他社作品に参加していたが、1980年代には自社制作を行うようになった[11]。また映画OVAも手掛けるようになった[3]。1980年に出﨑・杉野コンビが『あしたのジョー2』(1980-1981年)に専念するために退社し、あんなぷるを設立した。出﨑・杉野コンビの退社直後は9割以上の仕事が劇場作品とみられ、1981年から1987年にりんたろう、平田敏夫真崎守監督作品を中心に「第2の黄金期」を築いた[8]。この時期の劇場作品に平田敏夫監督の『ユニコ』(1981年)、『ボビーに首ったけ』(1985年)、『グリム童話 金の鳥』(1987年)、真崎守監督の『夏への扉』(1981年)、『浮浪雲』(1982年)、『はだしのゲン』(1983年)、『時空の旅人』(1986年)、『はだしのゲン2』(1987年)、りんたろう監督の『幻魔大戦』(1983年)、『カムイの剣』(1985年)、『火の鳥』(1986年)、村野守美監督の『ユニコ 魔法の島へ』(1983年)、川尻善昭監督の『妖獣都市』(1987年)、広川和之・川尻善昭監督の『SF新世紀 レンズマン』(1984年)、りんたろう・大友克洋・川尻善昭監督の『Manie-Manie 迷宮物語』(1987年)がある[8]

YAWARA!』(1989-1992年)で自社制作のテレビシリーズに進出した[3][11]。1990年代のテレビアニメに『カードキャプターさくら』(1998-2000年)[3][4][12]、劇場用アニメに川尻善昭監督の『獣兵衛忍風帖』(1993年)、今敏監督の『パーフェクトブルー』(1997年)[13]などがある。1999年12月に業務を株式会社パオハウス(1993年10月設立)に全面移管し、同社の社名を「株式会社マッド・ハウス」に変更した[1]。後に有限会社マッド・ハウスは株式会社マッドボックス(マッドハウスの子会社。仕上げ、CG、撮影、編集などを担当)に改組された。2004年2月に株式会社インデックスの子会社となった[1]。同年11月に社名を「株式会社マッドハウス」に変更した。2011年2月に日本テレビ放送網の子会社となった[1]

2000年代のテレビアニメに『はじめの一歩』(2000-2002年)[3][4]、『ちょびっツ』(2002年)[12]、『NANA』(2006-2007年)[4]、『DEATH NOTE』(2006-2007年)、『逆境無頼カイジ Ultimate Survivor』(2007-2008年)[13]などがある。2000年代の劇場用アニメにりんたろう監督の『メトロポリス』(2001年)[4]、今敏監督の『千年女優』(2002年)[3]、『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)、『パプリカ』(2006年)[12]細田守監督の『時をかける少女』(2006年)[3][4][12]、『サマーウォーズ』(2009年)[4][12]片渕須直監督の『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年)[3]などがある。

2010年代のテレビアニメに『四畳半神話大系』(2010年)[3]、『逆境無頼カイジ 破戒録篇』(2011年)、『HUNTER×HUNTER』(2011-2014年)、『ちはやふる』(2011-2012年、2013年、2019-2020年)、『ワンパンマン(第1期)』(2015年)、『オーバーロード』(2015・2018・2022年)、『宇宙よりも遠い場所』(2018年)、『カードキャプターさくら クリアカード編』(2018年)[13]などがある。2010年代の劇場用アニメに伊藤尚往監督の『きみの声をとどけたい』(2017年)[3]いしづかあつこ監督の『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』(2017年)[13]などがある。

2020年代のテレビアニメに『Sonny Boy』(2021年)、『吸血鬼すぐ死ぬ』(2022・2023年)、『葬送のフリーレン』(2023-2024年、2026年)などがある[13]

本社所在地[編集]

杉並区阿佐ヶ谷南[1]中杉通り沿いにある伊勢和材木店のビルの2Fで創業した[4]。1974年に杉並区役所前のボウリング場跡地に移転した[4]。2003年4月に杉並区成田東に移転した[1]。2004年9月に杉並区荻窪に移転した[1]。2010年1月に中野区本町に移転した[1]

PLUS MADHOUSE(プラスマッドハウス)シリーズ[編集]

  • 『プラスマッドハウス①今敏』(キネマ旬報社[キネ旬ムック]、2007年、復刻版2015年)
  • スタジオ雄構成・編集『PLUS MADHOUSE 02 川尻善昭』(キネマ旬報社、2008年)
  • 佐々木一成、岩本理恵、寺岡瞳構成・編集『PLUS MADHOUSE 03 細田守』(キネマ旬報社、2009年)
  • スタジオ雄構成・編集『PLUS MADHOUSE 04 りんたろう』(キネマ旬報社、2009年)
  • 『PLUS MADHOUSE 05 小池健』(キネマ旬報社、2010年)

脚注[編集]

[編集]

  1. 杉野昭夫によると、出﨑統、丸山正雄、おおだ靖夫、杉野昭夫ら5人くらいで設立した[2]

出典[編集]

  1. a b c d e f g h 沿革 マッドハウス
  2. a b c d 「杉野昭夫ロングインタビュー」『キネ旬ムック 動画王』Vol.7、1998年
  3. a b c d e f g h i j k 第10回 丸山 正雄さん(プロデューサー)その2 練馬アニメーションサイト
  4. a b c d e f g h i j k 3.杉並アニメ史の幕開け すぎなみ学倶楽部
  5. a b アニメ「ジャングル黒べえ」の監督、出崎統さん逝く 藤子不二雄ファンサークル ネオ・ユートピア、2011年4月19日
  6. 国松さまのお通りだい 虫プロダクション
  7. 【第12回】リバイバル連載:サンライズ創業30周年企画「アトムの遺伝子 ガンダムの夢」 サンライズワールド、2022年2月1日
  8. a b c d 小黒祐一郎「アニメ様365日 第86回 マッドハウスの2度目の黄金期」WEBアニメスタイル、2009年3月16日
  9. 小黒祐一郎「アニメ様365日 第77回 1981年前後の東京ムービー新社」WEBアニメスタイル、2009年3月3日
  10. 原口正宏「歴史編② アニメの3大源流とその系譜 ~東映・虫プロ・タツノコ〜PDF」文部科学省 平成24年度「成長分野等における中核的専門人材養成の戦略的推進事業」 アニメ・マンガ人材養成産官学連携事業/アニメ・マンガ人材養成産官学連携コンソーシアム/アニメ分野職域学習システム実証プロジェクト/カリキュラム検討委員会産業論部会、2013年3月
  11. a b 私たちについて|採用情報 マッドハウス
  12. a b c d e デジタル大辞泉プラス 「マッドハウス」の解説 コトバンク
  13. a b c d e 会社概要 マッドハウス

外部リンク[編集]