出﨑統

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出﨑 統(でざき おさむ、1943年11月18日 - 2011年4月17日)は、アニメーション監督。タイトルクレジット上では出崎統と表記されることが多い。別名に崎枕さきまくら斉九洋斎九陽松戸館松戸完などがある。

日本映画監督協会会員[1]。妻は漫画家の久我山リカコ。兄はアニメーション監督・プロデューサーの出崎哲

経歴[編集]

東京都品川区生まれ[2]。父親は大学教授[2]。高校在学中の1959年に貸本漫画家としてデビュー[3]。1962年東京都立北園高等学校卒業、東芝に入社[2]。1963年虫プロダクションに入社。1964年に同僚の高木厚とともに東京ムービーから『ビッグX』(1964-1965年)の仕事を貰い、高木が自宅に開設したスタジオ「アートフレッシュ」に参加[4][5]。入社から約1年で虫プロを退社[3]。1967年に杉井ギサブロー、高木厚らとともにアートフレッシュを正式に設立[4]。1967年に月岡貞夫鈴木元章林静一西野清市小柳朔郎阪本善尚とともに発起人となり、ナック(アニメーション工房ナック)を設立。月岡が代表取締役、出﨑ら他6人が専務取締役に就任[6]。1968年にフリーとなる[5]。1970年から1971年に放送されたテレビアニメ『あしたのジョー』で初監督(チーフディレクター)。

虫プロの経営悪化を契機として、1972年に丸山正雄おおだ靖夫杉野昭夫りんたろう川尻善昭らとともにマッドハウスを設立[7][8]。虫プロ退社後は主として虫プロ作品を手がけていたが、東京ムービー社長の藤岡豊から資金援助を受けてマッドハウスを設立してからは主として東京ムービー作品を手がけた。1979年に劇場版『エースをねらえ!』で長編映画を初監督。

あしたのジョー2』(1980-1981年)に専念するため、1980年にマッドハウスを退社し、杉野昭夫とともにあんなぷるを設立[7][8]。映画『ゴルゴ13』(1983年)からOVA『エースをねらえ!2』(1988年)の間、東京ムービー新社の海外合作作品を手がけた[9]大塚康生の後任として日米合作映画『リトル・ニモ』の日本側演出を務めたが、1987年6月にパイロット・フィルムを作って降板した(後任は波多正美ウィリアム・T・ハーツ[10]。『おにいさまへ…』(1991-1992年)から手塚プロダクション制作作品を監督[8]。2000年代には幼児向け作品の『劇場版とっとこハム太郎』シリーズ4作(2001・2002・2003・2004年)や美少女ゲームを原作とした『劇場版AIR』(2005年)、『劇場版CLANNAD -クラナド-』(2007年)などを監督。2011年4月17日、肺がんのため東京都三鷹市の病院で死去、67歳[11]

人物[編集]

日本を代表するアニメーション監督の1人。テレビ、映画、OVAなど30タイトル以上を監督した[8]。止め絵(ハーモニー)、繰り返しショット(3回PAN)、画面分割、透過光、入射光など独創的な演出手法は「出﨑演出」と呼ばれ、アニメ関係者に大きな影響を与えた。代表作にテレビアニメ『あしたのジョー』(1970-1971年)、『エースをねらえ!』(1973-1974年)、『ガンバの冒険』(1975年)、『家なき子』(1977-1978年)、『宝島』(1978-1979年)、『ベルサイユのばら』(19-40話/1980年)、『あしたのジョー2』(1980-1981年)、映画『エースをねらえ!』(1979年)、『あしたのジョー2』(1981年)、OVA『ブラック・ジャック』(1993-2000年)などがある。

初監督作品の『あしたのジョー』以降、多数の監督作品に杉野昭夫がキャラクターデザイン・作画監督として参加し、「黄金コンビ」と呼ばれる[8]。出﨑と杉野のコンビ作には『あしたのジョー』(1970-1971年)、『エースをねらえ!』(1973-1974年)、『家なき子』(1977-1978年)、『宝島』(1978-1979年)、『あしたのジョー2』(1980-1981年)、『スペースコブラ』(1982-1983年)、『おにいさまへ…』(1991-1992年)、映画『エースをねらえ!』(1979年)、『あしたのジョー2』(1981年)、『SPACE ADVENTURE コブラ』(1982年)、OVA『ブラック・ジャック』(1993-2000年)などがある。美術監督の小林七郎小林プロダクション)、撮影監督の高橋宏固高橋プロダクション)も出﨑作品に欠かせない人物である[8]

『ベルサイユのばら』は総監督の長浜忠夫が声優の田島令子(オスカル役)と演技の方針で対立して第13話で途中降板したため、出﨑が第19話からチーフディレクターとして後任を務めた。キャラクターデザイン・作画監督は荒木伸吾姫野美智が務め、杉野は参加していないが、LDのジャケットイラストを描いている[12]

劇場版『エースをねらえ!』はテレビ版の再編集ではなく、オリジナルの作品として制作された。小黒祐一郎は「1979年は奇跡のような1年だったと書いたが、その中でも「奇跡」の言葉が最も相応しいのが、劇場版『エースをねらえ!』だろう。演出も、作画も、美術も、撮影も、音響も完璧」「一連の「出崎チーム」の作品の中でも、最も完成度の高いフィルムだろう」と評している[13]庵野秀明はテレビ版と劇場版について「旧『エース』は、まずオープニングが素晴らしかったし、話も演出も面白かったし、止めを多用した絵も凄く綺麗だった。不必要な情報を省略していく画のスタイルも新鮮でした。…(略)…生涯初のLDBOX購入は旧『エース』でした。それほど、好きなんですね。あと、あれだけの内容を90分に収めている「劇場版」も最高です。映画として素晴らしいですね」と評している[14]氷川竜介は日本のアニメ映画史のエポックメイキングな作品として、『白蛇伝』(1958年)、劇場版『エースをねらえ!』、『AKIRA』(1988年)をあげている[15]細田守は自身の活動にも大きな影響を与えたという「今、絶対に観てほしい5つのアニメ」として、いずれも1979年に公開された『赤毛のアン』、劇場版『エースをねらえ!』、『機動戦士ガンダム』、劇場版『銀河鉄道999』、『ルパン三世 カリオストロの城』をあげている[16]

劇場版『あしたのジョー2』は序盤から中盤が当時放送中だったテレビ版の再編集、終盤がテレビ版に先行したオリジナルの作品として制作された。逆にテレビ版の終盤では劇場版で制作された素材が利用された[17]板垣伸はテレビ版について「出崎&杉野(昭夫さん)と小林プロ(美術)・高橋プロ(撮影)チームの頂点かと……。こんなのが毎週テレビで放映されてた事自体が信じられないし、学生の頃全10巻の廉価版ビデオセットを(昼飯ガマンして)買って友人たちに貸しまくって布教活動(?)したところ、寝不足の輩が続出。」と評している[18]押井守は劇場版『エースをねらえ!』と劇場版『あしたのジョー2』を繰り返し見てアニメーションを映画にする演出を学んだとし、劇場版『あしたのジョー2』について「『エースをねらえ!』で見せてもらった出崎演出の集大成が『あしたのジョー2』」[19]、「自分が最も恩恵をこうむった、アニメーションの演出の方法論を考えるきっかけになった記念すべき作品であり、出崎さんは、自分がアニメ監督としてやっていく上で絶対に乗り越えなければならない壁だったんだよ」と評している[20]

主な作品[編集]

☆印は出崎統が演出・監督、杉野昭夫がキャラクターデザイン・作画監督のコンビ作。

テレビアニメ[編集]

劇場アニメ[編集]

OVA[編集]

その他[編集]

著書[編集]

  • 『アニメーション制作技法――「4701白鯨」を創る』(杉野昭夫共著、創芸社、1994年/復刊ドットコム、2020年)
  • 『悟空の大冒険 [コミック版]』(手塚治虫原作、復刊ドットコム、2019年)

研究書[編集]

  • 大山くまお、林信行編著『アニメーション監督 出﨑統の世界――「人間」を描き続けた映像の魔術師』(河出書房新社、2012年)
  • 別冊宝島編集部編『完全解析! 出﨑統――アニメ「あしたのジョー」をつくった男』(宝島社、2018年)

出典[編集]

  1. 出﨑 統 日本映画監督協会
  2. a b c 『日本映画・テレビ監督全集』キネマ旬報社、1988年
  3. a b 出崎統インタビュー 藤子FCネオ・ユートピア
  4. a b 【明田川進の「音物語」】第83回 杉井ギサブロー監督との対談(前編) 虫プロの青春、趣味人だった田代敦巳氏 アニメハック、2025年1月11日
  5. a b テレビアニメ草創期から活躍したアニメ監督、死去 imidas
  6. 株式会社ICHI (@knack.ichi1967)のInstagram
  7. a b 「杉野昭夫ロングインタビュー」『キネ旬ムック 動画王』Vol.7、1998年
  8. a b c d e f 第7回 出﨑 統さん(アニメーション監督)その3 練馬アニメーションサイト
  9. 板垣伸のいきあたりバッタリ!第215回 1990年代の出崎アニメ WEBアニメスタイル、2011年4月28日
  10. 三好寛「「日本のアニメーション・スタジオ史」関連レポート  1970年代末から80年代初頭の状況」『公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団年報 2014-2015PDF』公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団編集・発行、2015年7月
  11. 【記事全文】「あしたのジョー」「エースをねらえ!」手掛けたアニメーション監督死去 スポニチ Sponichi Annex 芸能、2011年4月18日
  12. 小黒祐一郎「アニメ様日記 2018年2月4日(日)~」WEBアニメスタイル、2018年2月19日
  13. 小黒祐一郎「アニメ様365日 第25回 劇場版『エースをねらえ!』」WEBアニメスタイル、2008年12月9日
  14. 「エースをねらえ」「新・エースをねらえ」Blu-ray BOX ビクターエンタテイメント
  15. 『AKIRA』『エースをねらえ!劇場版』が日本アニメ映画史の最重要変化点である理由とは? MOVIE WALKER PRESS、2019年11月2日
  16. 細田守監督の「今、絶対に観てほしい5つのアニメ」とは?『世界一受けたい授業』番組レポ アニメイトタイムズ、2021年8月15日
  17. 小黒祐一郎「アニメ様365日 第52回 『あしたのジョー2』(TV版)」WEBアニメスタイル、2009年1月26日
  18. もっとアニメを観よう2011 第4回 板垣伸が選んだ「きっと人生を豊かにする出崎アニメ20本」 WEBアニメスタイル、2010年12月6日
  19. 「監督としてやっていく上で絶対に乗り越えなければならない壁」あの押井守が認めた「アニメ史に残る傑作映画」の正体 文春オンライン、2022年3月27日
  20. (3ページ目)「監督としてやっていく上で絶対に乗り越えなければならない壁」あの押井守が認めた「アニメ史に残る傑作映画」の正体 文春オンライン、2022年3月27日

関連文献[編集]

  • 氷川竜介『アニメ新世紀王道秘伝書』(徳間書店、2000年)
  • 山崎敬之『テレビアニメ魂』(講談社現代新書、2005年)
  • 『ハーモニーという世界――アニメが名画になる瞬間』(ぴあ株式会社関西支社、2015年)
  • アニメージュ編集部、TMSアニメ制作50周年記念出版プロジェクト編『「アニメージュ」が見つめたTMSアニメ50年の軌跡』(徳間書店、2015年)
  • 三沢典丈『アニメ大国の神様たち――時代を築いたアニメ人インタビューズ』(イースト・プレス、2021年)

外部リンク[編集]