杉野昭夫

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杉野 昭夫(すぎの あきお、1944年9月19日[1] - )は、アニメーターキャラクターデザイナー。妻はアニメーターの塚田信子[1]

経歴[編集]

札幌市生まれ。高校2年生のとき貸本劇画誌『』『』に杉野アキオ名義で投稿を開始し、2回入選。1964年に同じ劇画誌に寄稿していた真崎守に誘われて虫プロダクションに入社。『鉄腕アトム』(1963-1966年)で動画を初担当。『ジャングル大帝』(1965年)で原画を初担当。『新ジャングル大帝 進めレオ!』(1966-1967年)で作画監督に近い仕事を担当。『わんぱく探偵団』(1968年)で作画監督を初担当。『佐武と市捕物控』(1968-1969年)から作画監督としてキャラクターデザインを担当。『あしたのジョー』(1970-1971年)の作画監督(金山明博荒木伸吾と共同)、ほとんどのメインキャラクターのデザインを担当[1]。以降、多数の出﨑統監督作品に参加[2]

虫プロの経営悪化を契機として、1972年に丸山正雄、出﨑統、おおだ靖夫りんたろう川尻善昭らとともにマッドハウスを設立[1][2]東京ムービーを中心に竜の子プロ東映動画ズイヨー映像日本アニメーションなどの作品に参加[1]。『あしたのジョー2』(1980-1981年)に専念するため、1980年に出﨑とともにマッドハウスを退社し、あんなぷるを設立[1][2]。80年代から90年代に東京ムービー新社の海外合作作品に参加。90年代から出﨑とともに手塚プロダクションの作品に参加[1]。劇場用アニメ『ぼくの孫悟空』(2003年)で監督を初担当(吉村文宏と共同)[2]。2013年に平成25年度文化庁映画賞映画功労部門受賞[3]

人物[編集]

日本を代表するアニメーター、キャラクターデザイナー、作画監督[3]荒木伸吾安彦良和金山明博と並び、第1次アニメブーム期にアニメファンの人気を集めた[4]。草川昭編著『アトムの子らは荒野をめざす――テレビ・アニメ20年史』(立風書房、1981年)は「杉野昭夫を知らない人はアニメ・ファンではないとまでいわれている。杉野の画く絵は少女にせつないタメイキをつかせ、少年の心を燃えあがらせる」と紹介している[5]。『アニメーション年鑑 1984』(小学館、1984年)は『キャッツ・アイ』のページで「キャラデザインは美女を描かせたらピカ一という杉野昭夫」と紹介している[6]文化庁は「作品内容に合わせて優しく柔らかい漫画風から、ハードで彫りの深い劇画風まで幅広く描き分け、ドラマの高まりに合わせて感情を乗せる作画技術は高く評価されている」と紹介している[3]

あしたのジョー』(1970-1971年)以降、多数の出﨑統監督作品にキャラクターデザイン・作画監督として参加し、「黄金コンビ」と呼ばれる[2]。出﨑と杉野のコンビ作には『あしたのジョー』(1970-1971年)、『エースをねらえ!』(1973-1974年)、『家なき子』(1977-1978年)、『宝島』(1978-1979年)、『あしたのジョー2』(1980-1981年)、『スペースコブラ』(1982-1983年)、『おにいさまへ…』(1991-1992年)、映画『エースをねらえ!』(1979年)、『あしたのジョー2』(1981年)、『SPACE ADVENTURE コブラ』(1982年)、『ゴルゴ13』(1983年)、OVA『ブラック・ジャック』(1993-2000年)などがある。出﨑が第19話から監督(チーフディレクター)を務めた『ベルサイユのばら』(1979-1980年)には参加していないが、LDのジャケットイラストを描いている[7]。出崎監督作以外の参加作品には竹内啓雄監督の『ジャングル大帝』(1997年)、手塚眞監督の『ブラック・ジャック ふたりの黒い医者』(2005年)などがある[3]

特に劇場版『エースをねらえ!』(1979年)、テレビ版『あしたのジョー2』(1980-1981年)、劇場版『あしたのジョー2』(1981年)は出崎チームの仕事として高い評価を受けている。小黒祐一郎は劇場版『エースをねらえ!』(1979年)について「出崎監督自身だけでなく、杉野昭夫作画監督、小林七郎美術監督、高橋宏固撮影監督の仕事も素晴らしい。一連の「出崎チーム」の作品の中でも、最も完成度の高いフィルムだろう。特に杉野昭夫は絶好調だ。本作のキャラクターは、リアリティがありつつ端正。迫力もあり、躍動感もあり、雰囲気も出ている。芝居や表情もいい」と評している[8]。また小黒祐一郎はテレビ版『あしたのジョー2』について「出崎・杉野のゴールデンコンビ、高橋宏固撮影監督、男鹿和雄美術監督、選曲の鈴木清司という「出崎チーム」の代表作でもある。劇場版『エースをねらえ!』で、彼らのアニメーションのスタイルが完成したとするならば、そのスタイルを駆使して作った作品が『あしたのジョー2』だ」と評している[9]板垣伸はテレビ版『あしたのジョー2』について「出崎&杉野(昭夫さん)と小林プロ(美術)・高橋プロ(撮影)チームの頂点かと……。こんなのが毎週テレビで放映されてた事自体が信じられないし、学生の頃全10巻の廉価版ビデオセットを(昼飯ガマンして)買って友人たちに貸しまくって布教活動(?)したところ、寝不足の輩が続出」と評している[10]押井守は劇場版『あしたのジョー2』について「見事に演出の方法論とメリハリが統一されている。それは出崎さんに相棒がいたからできたんだよね。杉野昭夫さんという作画監督と、美術監督の小林七郎さんがいたから実現できた。僕もそのことに気がつくのに時間がかかった」と評している[11]

主な作品[編集]

☆印は出﨑統が演出・監督、杉野昭夫がキャラクターデザイン・作画監督のコンビ作。

テレビアニメ[編集]

劇場アニメ[編集]

OVA[編集]

その他[編集]

著書[編集]

  • 『杉野昭夫作品集』(講談社[週刊少年マガジン特別別冊]、1982年)
  • 『アニメーション制作技法――「4701白鯨」を創る』(出﨑統共著、創芸社、1994年/復刊ドットコム、2020年)

出典[編集]

  1. a b c d e f g 「杉野昭夫ロングインタビュー」『キネ旬ムック 動画王』Vol.7、1998年
  2. a b c d e 第7回 出﨑 統さん(アニメーション監督)その3 練馬アニメーションサイト
  3. a b c d 公益財団法人ユニジャパン編集『第10回文化庁映画週間 公式報告書PDF』文化庁、2014年、10頁
  4. 小黒祐一郎「アニメ様の七転八倒 第67回 虫プロブームとマイナーだった宮崎アニメ」WEBアニメスタイル、2006年8月11日
  5. 草川昭編著『アトムの子らは荒野をめざす――テレビ・アニメ20年史』立風書房、1981年、35頁
  6. 『アニメーション年鑑 1984』小学館、1984年、191頁
  7. 小黒祐一郎「アニメ様日記 2018年2月4日(日)~」WEBアニメスタイル、2018年2月19日
  8. 小黒祐一郎「アニメ様365日 第25回 劇場版『エースをねらえ!』」WEBアニメスタイル、2008年12月9日
  9. 小黒祐一郎「アニメ様365日 第52回 『あしたのジョー2』(TV版)」WEBアニメスタイル、2009年1月26日
  10. もっとアニメを観よう2011 第4回 板垣伸が選んだ「きっと人生を豊かにする出崎アニメ20本」 WEBアニメスタイル、2010年12月6日
  11. (3ページ目)「監督としてやっていく上で絶対に乗り越えなければならない壁」あの押井守が認めた「アニメ史に残る傑作映画」の正体 文春オンライン、2022年3月27日

関連文献[編集]

  • 『アニメージュ』1979年9月号
  • 『杉野昭夫の世界』(現代製作集団、1980年)
  • 大山くまお、林信行編著『アニメーション監督 出﨑統の世界――「人間」を描き続けた映像の魔術師』(河出書房新社、2012年)
  • 『ハーモニーという世界――アニメが名画になる瞬間』(ぴあ株式会社関西支社、2015年)
  • 別冊宝島編集部編『完全解析! 出﨑統――アニメ「あしたのジョー」をつくった男』(宝島社、2018年)

外部リンク[編集]