キョウワダイキチ

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キョウワダイキチ
欧字表記 Kyowa Daikichi
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栗毛
生誕 1995年2月20日
死没 2005年9月25日(10歳没) [1]
父 Mr. Prospector
母 Miss Brio
母の父 Semenenko
生国  アメリカ合衆国
生産 ベイヤード・シャープ・ジェイムズ・エルキンス
&ウィリアム・ファリシュ
馬主 浅川吉男
調教師 吉岡八郎(栗東)
競走成績
生涯成績 38戦5勝
獲得賞金 1億1897万2000円

キョウワダイキチは日本中央競馬会 (JRA) に登録されていた競走馬。引退後は鹿児島県にある協和牧場鹿児島分場で種牡馬として繋養された。競走馬時代の騎手は佐藤哲三がおもに務めた。

経歴[編集]

競走馬時代[編集]

アメリカ合衆国で生産された本馬は中央競馬では外国産馬として扱われた。1998年、旧4歳時の3月のデビュー戦は18頭立ての12着と大敗したが、単勝10番人気の評価であった2戦目の未勝利戦にて初勝利を挙げた。以降は1999年と2000年に1勝、2001年に2勝をそれぞれ挙げている。このうち3勝が特別競走である。

全38戦中26戦で掲示板に載る(5着以内に入る)など堅実な走りをみせ、最終的には1600万円以下条件まで昇級した。オープン馬にはなれなかったが、オープン特別競走のアンドロメダステークス(5着)と米子ステークス(6着)に格上挑戦をしている。2002年6月の出走を最後に日本中央競馬会の競走馬登録を抹消され、引退した。抹消事由は「乗馬」であった[2][3]。

種牡馬時代[編集]

8歳となった2003年より馬主が所有する協和牧場鹿児島分場で種牡馬となった。日本軽種馬協会のデータベース[4]によれば、初年度は3頭に種付けし2頭の産駒が誕生。2004年と2005年にも種付けを行ったが産駒はいない。

2005年の繁殖シーズン後に死亡[1]。遺された産駒は2頭とも競走馬になったが、中央競馬では未勝利に終わり、地方競馬でも1勝を挙げるにとどまった[4]。唯一の勝ち馬となったダイキチヘイローはキングヘイローの半妹にあたるクィーンヘイローとの仔であり[5]、2008年1月に荒尾競馬場で行われた九州産馬による重賞の霧島賞では2着に入っている[6]。

血統表[編集]

キョウワダイキチの血統ミスタープロスペクター系/Nearco 5×5×5=9.38%、Hyperion 5×5=6.25% (血統表の出典)
父

Mr. Prospector
1970 鹿毛
父の父
Raise a Native
1961 栗毛
Native Dancer Polynesian
Geisha
Raise You Case Ace
Lady Glory
父の母
Gold Digger
1962 鹿毛
Nashua Nasrullah
Segula
Sequence Count Fleet
Miss Dogwood
母

Miss Brio
1984 鹿毛
Semenenko
1973 黒鹿毛
Vaguely Noble *ヴィエナ
Noble Lassie
Carrozza Dante
Calash
母の母
Miss Eva
1977 栗毛
Con Brio Ribot
Petronella
Apolinea Coppersmith
Airacobra F-No.8-g

血統背景[編集]

母系は日本ではめずらしい南アメリカ産馬の血統で、母のミスブリオはチリでチリ1000ギニーとアルトゥーロリヨンペーニャ賞、アメリカ合衆国でマスケットステークス[7]の合計3つのG1競走を勝った馬であり、そのほかの近親馬にも叔母のマリアカンデラ(エルダービー、チリオークスなど)、叔母のプライベートステータス(アシュランドステークス3着)、その仔で当馬の姪にあたるシークレットステータス(ケンタッキーオークス、マザーグースステークス)といった活躍馬がいる。

脚注[編集]

  1. ↑ a b “2005年供用停止種雄馬一覧(PDF)”. ジャパン・スタッドブック・インターナショナル. p. 1. 2012年3月5日確認。
  2. ↑ 「登録抹消馬リスト」、『優駿』、日本中央競馬会、2002年10月、 142頁。
  3. ↑ “[お別れ]競馬” (日本語). スポーツニッポン (スポーツニッポン新聞社): p. 12. (2002年8月17日) 
  4. ↑ a b “キョウワダイキチ(USA) 種牡馬情報:世代・年次別(サラ系総合)”. JBIS-Search. 日本軽種馬協会. 2012年3月5日確認。
  5. ↑ “クィーンヘイローの2009(PDF)”. 日本競走馬協会. 2012年3月5日確認。
  6. ↑ “霧島賞特集”. 荒尾競馬組合 (2008年). 2012年3月5日確認。 (リンク切れ)
  7. ↑ 「海外ニュース『海外主要競走一覧』」、『優駿』、日本中央競馬会、1989年11月、 121頁。

外部リンク[編集]