保谷市
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保谷市 (ほうやし) とは、かつて東京都北多摩地域に存在した市。
概要[編集]
2001年1月21日、隣接する田無市と合併し廃止。新たに西東京市が発足した。廃止時点での人口は101,962人であり、田無市を上回っていた。
面積は9.05 km²。かつては「穂屋」または「穂谷」という書き方をされていた。「穂」が使われた理由は、周りと比べて水利がよく、植生が豊かだったことに由来しているとされる。
1907年(明治40年)埼玉県から東京府に編入された自治体であり、多摩地域でも東京府の区域に入るのが遅かった自治体である。1940年町制施行、その後東京都制施行で東京都域となり1967年市制施行。
市域は田無市を囲むような形をしていたため、両自治体が合併してからは大福になぞらえて、保谷市が外側の餅、田無市が内側のあんこと呼ばれるようになった。
なお、初見では「ほや」や「ほたに」と呼んでしまう人が多く、何気に難読地名として名が知られている。
交通[編集]
鉄道[編集]
旧保谷市内では西武鉄道の西武新宿線、西武池袋線が通過していた。西武新宿線では東伏見駅、西武柳沢駅が保谷市域に含まれ、西武池袋線では保谷駅、ひばりヶ丘駅が保谷市域に含まれた。市の中心駅は周辺の栄え具合や市の名前と同じことから保谷駅とされることも多いが、あまりに練馬区と近すぎるためひばりヶ丘駅が中心駅とされることも多い。
道路[編集]
旧保谷市内に高速道路や国道は存在しなかった。東京都道は東京都道4号東京所沢線と東京都道5号新宿青梅線(重複)と東京都道7号杉並あきる野線が主に通っていた。
バス[編集]
「西東京市コミュニティバス」も参照
旧市域では西武バス、関東バスが運行されている。かつては都営バスも運行されていたが2015年に廃止された。
関連項目[編集]
- 秋川市 - 同じく平成の大合併により消滅した市