ベテルギウス問題
「ベテルギウス問題」とは、オリオン座α星の固有名Betelgeuseの日本語表記が、ラテン語読みの「ベテルゲウセ」ではなく、イレギュラーな「ベテルギウス」と表記されている問題である。
Betelgeuseの由来[編集]
Paul Kunitzsch, Tom Smart の"A Dictionary of Modern Star Names"には、次のように書かれている。
"al-jauzaの手"を意味するインド-アラビア名"yad al-jauza"に由来する、中世以来の変化したスペルが採用された(最初の中世のラテン語への転写では、アラビア語の最初の'y'が'b'に間違えられた"bedalgeuze"。ルネッサンス時代には、この間違いは、誤って「al-jauzaの脇の下」を意味するアラビア語の"bat"(正しくは"ibt")と思われていて、今日見られる"Betelgeuse"という間違いの原因になった。このように、ルネッサンス時代から、インド・アラビア名の最初の'b'と'd'の両方が間違えられた。)
インド・アラビアの星座"al-jauza"は、今日のオリオン座の星々を表する女性像だった。その名前の起源は、(ほとんどの昔のインド・アラビア名と同様に)不明である。
"jwz"という語にはもともと「中央」や「中間」という意味があり、「al-jauza」という語は女性形容詞の形をしていることから、「中央に関わる何らかの特徴を持つ女性」といった意味を持つ可能性がある。 この「中央」が具体的に何を指しているのかについては、さまざまな説がある(例えば、ふたご座のデルタ星〔δ Gem〕を参照)。
インド・アラブ文化における「アル・ジャウザー」(al-jauza)は、他の文化における黄道十二宮の「ふたご座」に相当する。その後、科学的な天文学を発展させたアラブ人たちは、ギリシャ由来の「オリオン座」と「ふたご座」の両方に、アラブ固有の名称である「アル・ジャウザー」を用いた。そのため、この2つの星座に属する恒星の名称には混同が生じることになった。
なお、オリオン座には「巨人」を意味する「アル・ジャッバール(al-jabbar)」、ふたご座には「双子」を意味する「アル・タウアマン」(al-taw-aman)という別のアラビア語名もあった。[1]
国際天文学連合(IAU)は、2016年に"Betelgeuse"を公式の固有名として採用した。
各国語での発音[編集]
| 言語 | スペル | 発音 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ラテン語 | Betelgeuse | ベテルゲウセ | |
| 英語 | Betelgeuse | ベテルジュース ベテルジューズ ビートルジュース |
|
| イタリア語 | Betelgeuse | ベテルジェウゼ | |
| フランス語 | Betelgeuse | ベテルジューズ | |
| ドイツ語 | Betelgeuse | ベテルゴイセ | |
| スペイン語 | Betelgeuse | ベテルヘウセ | |
| ポルトガル語 | Betelgeuse | ベテルジュージ |
ラテン語の発音[編集]
ギリシャ神話や古代アラビア語などに由来する、古くからある恒星などの固有名は、ラテン語読みするという慣習ルール[2]がある。それに従えば、「ベテルゲウセ」と書かれるべきである。
明治時代の一戸直蔵は、「ベテルゲース」と書いた。一方、英文学者の野尻抱影は、戦後書かれた著書で、Betelgeuseは英語のスペルであると考え、イギリス英語読みに近い「ベテルキュース」と書いた。英語での発音は、アメリカ英語では「ビートルジュース」、イギリス英語では「ベテルジュース」などである。 この野尻抱影の表記が、他の天文普及家に影響を与え、「ベテルギウス」という変な表記が広まったのである。
もともとのアラビア語に近い発音としては、イタリア語の「ベテルジェウゼ」が最も近い。「ベテルギウス」という表記は、英語での発音とも一致せず、古代アラビア語由来の星名に適用されるラテン語読みルールの「ベテルゲウセ」とも一致しないイレギュラーな表記でしかない。
表記の変遷[編集]
| 年月 | 表記 | 書籍名 | 執筆者 | 出版社 |
|---|---|---|---|---|
| 1910 | ベテルゲース | 「星」 | 一戸直蔵 | 裳華房 |
| 1928.4.28 | ベテルギウス | 「天文年鑑」昭和3年版P. | 天文同好会 | 新光社 |
| 1948.4.15 | ベテルギュース | 「天体の話」P.31 | 野尻抱影 | 講談社 |
| 1972 | ベテルギウス | 「星空への招待」P.189 | 村山定男,藤井旭 | 河出書房新社 |
| 1975.8.20 | ベテルギウス | 新版「天文学への招待」P.194 | 村山定男,藤井旭 | 河出書房新社 |
| 1978.2.15 | ベテルギウス | 「天文・宇宙の辞典」P.516 | 原 恵 | 恒星社 |
| 1983.7.25 | ベテルギウス | 新装「星座への招待」P.189 | 村山定男,藤井旭 | 河出書房新社 |
| 1986.7 | ベテルギウス | 「天文学辞典」P.591 | 鈴木敬信 | 地人書館 |
| 2025 | ベテルギウス | 「天文年鑑」2025年版 | 誠文堂新光社 | |
| 2025 | ベテルギウス | 「星空年鑑」2025年版 | アストロアーツ |
脚注[編集]
- ↑ {"A Dictionary of Modern Star names", {Paul Kunitzsch and Tom Smart}, Sky Publishing, 2006}
- ↑ 天体名のラテン語読みルール
関連項目[編集]
- 標準恒星名表記
- 天体名の日本語表記のルール
- 天体名のラテン語読みルール
- カシオペア問題
- カセグレン問題
- 氷の海問題
- ジュノー問題
- セファイド問題
- セレス問題
- タイタン問題
- ハレー彗星問題
- ヒヤデス問題
- フェートン問題
- プレアデス問題
- ダイモス問題