イツハク・シャミル
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イツハク・シャミル(猶:יצחק שמיר)は、イスラエルの政治家。同国の8・10代目首相。
生涯[編集]
前半生[編集]
1915年10月15日、ロシア帝国領ポーランドで生まれる。1935年にイギリス支配下のパレスチナへ移住し、シオニズムを掲げる過激派組織の幹部となった。シャミルは1948年までに起きた複数のイギリス人暗殺事件に関与したとされ、テロリストとして指名手配も受けている。イスラエル建国後はモサド勤務を経て政界入りし、1973年にリクード党からクネセト議員に当選したシャミルはリクードの強硬派筆頭として名を挙げ、1983年10月10日、突如辞任したメナヘム・ベギンに代わり、新たなイスラエルの首相に選出された。
首相時代[編集]
一期目において、シャミルは泥沼化したレバノン戦争の対応に苦慮。翌年の選挙で労働党に敗北し、1年弱でシモン・ペレスに政権を譲ることとなった。しかし2年後の1986年10月20日には首相へ返り咲き、第二次シャミル内閣が成立した。シャミルはアメリカの圧力で1991年の中東平和会議には参加したものの、PLOとの対話は断固として拒否。パレスチナ相手に強行姿勢を崩さず、第一次インティファーダを招く事態となった。1992年7月13日、首相の座を退く。以後も政治活動を続けたが軌道に乗らず、2012年6月30日に没した。享年96。晩年はアルツハイマー病を患っていたとされる。
関連項目[編集]