ボーイング AH-64 アパッチ 攻撃ヘリコプター
ボーイング AH-64 アパッチ(英語: Boeing AH-64 Apache)は、アメリカ合衆国のヒューズ・ヘリコプターズ(現ボーイング・ロータークラフト・システムズ)が開発した攻撃ヘリコプターである。愛称は「アパッチ」(Apache)。
ベトナム戦争の戦訓を元に、従来の攻撃ヘリコプターでは不可能であった夜間や悪天候下での作戦遂行能力、重装甲、強力な火力を持つ機体として開発され、現在では世界で最も広く運用されている攻撃ヘリコプターの一つである。
開発経緯[編集]
1960年代後半、ベトナム戦争においてアメリカ陸軍はAH-1 コブラなどの攻撃ヘリコプターを運用していたが、夜間作戦能力の欠如や対ソ連機甲部隊との交戦を想定した場合の火力・防御力の不足が課題となっていた。これを受け、1972年にアメリカ陸軍は「発展型攻撃ヘリコプター」(Advanced Attack Helicopter, AAH)計画を発表した。この計画は、昼夜間および悪天候下での運用能力、対戦車能力、生存性の向上を主眼に置いていた。
AAH計画には、ベル・ヘリコプター、ヒューズ・ヘリコプターズ、ロッキード、シコルスキー・エアクラフト、ボーイング・バートルの5社が参加した。それぞれの提案の中から、ヒューズ・ヘリコプターズの「モデル77/YAH-64」とベル・ヘリコプターの「モデル409/YAH-63」が最終候補として選定された。
1975年9月30日、YAH-64の初飛行が行われた。両機の比較評価の結果、YAH-64の方が生存性と攻撃能力において優れていると判断され、1976年末にヒューズ・ヘリコプターズのYAH-64がAAH計画の勝者として選ばれた。
その後、YAH-64は量産型AH-64Aとして開発が進められ、1982年に「アパッチ」の愛称が与えられた。量産機の初号機は1983年に完成し、1984年からアメリカ陸軍への引き渡しが開始された。ヒューズ・ヘリコプターズは1984年にマクドネル・ダグラスに買収され、後にマクドネル・ダグラスはボーイングと合併したため、現在ではボーイングが本機の製造を担当している。
機体特徴[編集]
AH-64 アパッチは、その設計において「生存性」と「攻撃力」が非常に重視されている。
コックピットとアビオニクス[編集]
AH-64のコックピットは、タンデム(縦列)配置となっており、前席にパイロット、後席に副操縦士兼射撃手(コ・パイロット/ガンナー、CPG)が搭乗する。双方のコックピットは独立して操作可能であり、片方が被弾してももう片方で操縦を継続できる設計となっている。コックピット周辺は、乗員保護のためケブラーなどの複合素材による装甲が施されており、23mm機関砲弾にも耐えうるとされる。
特徴的なのは、パイロットのヘルメットに連動して銃塔が動く「目標指示照準システム」(Target Acquisition Designation Sight, TADS)と「パイロット夜間視覚システム」(Pilot Night Vision System, PNVS)である。TADS/PNVSは機首下面に搭載されており、TADSは昼夜間における目標の捕捉・照準、PNVSは夜間飛行時の視界確保を担う。パイロットはヘルメットマウントディスプレイ(HMD)を通じてこれらの情報を視覚的に得ることができ、これにより夜間や悪天候下での精密な攻撃を可能にしている。
動力[編集]
AH-64は、2基のターボシャフトエンジンを搭載している。初期のAH-64Aではゼネラル・エレクトリック T700-GE-701エンジンを搭載していたが、AH-64D以降ではより強力なT700-GE-701CまたはGE T700-701Dを搭載し、出力が向上している。
武装[編集]
機体下部にはM230 30mmチェーンガンが装備されており、最大1,200発の弾薬を搭載できる。この機関砲は、パイロットのヘルメットの動きと連動して目標を追尾することが可能である。
両翼のスタブウイングには、4つのパイロンがあり、ミサイルやロケット弾を搭載できる。主な搭載武装は以下の通りである。
- AGM-114 ヘルファイア:対戦車ミサイル。レーザー誘導により精密な攻撃が可能。
- ハイドラ70ロケット弾:無誘導ロケット弾。広範囲への攻撃や制圧射撃に用いられる。
- AIM-92 スティンガー:空対空ミサイル。自衛用として限定的に運用される。
センサーと電子機器[編集]
AH-64D アパッチ・ロングボウでは、メインローターマスト上部にAN/APG-78ロングボウミリ波レーダーを搭載している点が最大の特徴である。このレーダーは、悪天候下や煙幕の中でも複数の目標を同時に探知・追尾し、ヘルファイアミサイルを同時に誘導することが可能である。これにより、AH-64Dは「撃ちっぱなし能力」を獲得し、隠蔽された目標に対する攻撃能力が飛躍的に向上した。
また、敵のレーダー照射を探知するレーダー警戒受信機(RWR)、ミサイル発射を探知するミサイル警報装置(MWS)、チャフ・フレア・ディスペンサーなど、自己防御システムも充実している。
派生型[編集]
- YAH-64:試作機。
- AH-64A:初期量産型。
- AH-64B:通信能力と航法システムの改良型。少数のみ製造。
- AH-64C:AH-64Dへの改修を想定した過渡的な型。
- AH-64D アパッチ・ロングボウ:メインローターマスト上部にAN/APG-78ロングボウレーダーを搭載した能力向上型。コックピットも大幅に近代化され、情報共有能力が向上した。
- AH-64E アパッチ・ガーディアン:AH-64Dのさらなる能力向上型。新型エンジン、複合材製ローターブレード、改善されたアビオニクスにより、飛行性能、ネットワーク能力、無人航空機との連携能力などが強化されている。一部のAH-64Dからの改修、または新規製造されている。
- AH-64F:将来的な発展型。構想のみ。
運用国[編集]
AH-64 アパッチは、アメリカ陸軍のほか、多くの国々で採用されている。
- アメリカ合衆国:アメリカ陸軍
- イギリス:イギリス陸軍(ウェストランド製WAH-64 アパッチ)
- イスラエル:イスラエル航空宇宙軍
- エジプト:エジプト空軍
- ギリシャ:ギリシャ陸軍
- シンガポール:シンガポール空軍
- 韓国:大韓民国陸軍
- クウェート:クウェート空軍
- サウジアラビア:サウジアラビア陸軍
- アラブ首長国連邦:アラブ首長国連邦陸軍
- 台湾:中華民国陸軍
- 日本:陸上自衛隊(AH-64Dをライセンス生産)
- オランダ:オランダ陸軍
- インド:インド空軍
- インドネシア:インドネシア陸軍
- カタール:カタール空軍
戦歴[編集]
AH-64 アパッチは、その運用開始以来、様々な紛争や戦争において実戦投入されてきた。
- 湾岸戦争(デザートストーム作戦、1991年):AH-64は、作戦開始劈頭にイラクのレーダーサイトを破壊する任務を遂行し、多国籍軍の侵攻を支援した。また、イラク軍の戦車や装甲車両を多数撃破し、その対戦車能力を遺憾なく発揮した。
- アフガニスタン紛争(不朽の自由作戦、2001年-):対テロ作戦において、AH-64は地上部隊の近接航空支援(CAS)や偵察、護衛任務に従事した。山岳地帯での運用や、タリバン勢力に対する精密攻撃において重要な役割を果たした。
- イラク戦争(イラクの自由作戦、2003年-):イラクの自由作戦においても、AH-64は対戦車攻撃、拠点制圧、部隊の支援など多岐にわたる任務に従事した。市街地戦闘など、複雑な環境下での運用も経験した。
- リビア内戦(2011年):NATO軍の作戦において、一部のAH-64が投入され、地上目標への攻撃を行った。
これらの戦歴を通じて、AH-64は攻撃ヘリコプターとしての有効性を証明し、その能力を世界に示した。
豆知識[編集]
- 「アパッチ」という愛称は、アメリカ先住民の部族であるアパッチ族に由来する。
- AH-64の初期の開発段階では、AH-1 コブラの主翼を流用する案も検討されたが、最終的には新しい主翼が設計された。
- AH-64は、パイロットのヘルメットに取り付けられた「統合ヘルメット表示測距システム」(IHADSS)によって、機首のM230機関砲をパイロットの視線と連動させて操作できる。これにより、非常に直感的な照準が可能となる。
- 陸上自衛隊が運用するAH-64DJPは、日本の要求に合わせた独自の改修が施されている。
関連項目[編集]
参考書籍[編集]
- 月刊JWings編集部 編『世界の軍用ヘリコプター』イカロス出版、2015年。
- 青木謙知『軍用ヘリコプター事典』イカロス出版、2021年。