山内昇寿郎
山内 昇寿郎(山内 昇壽郎[1][2]、やまうち しょうじゅうろう、1954年3月30日[3] - 2010年8月24日)は、アニメーター。
経歴[編集]
宮城県出身。17歳頃に劇画の漫画家を志望して上京し、腰掛けとしてスタジオマンモスに入社。1ヶ月で潰れたためオープロダクションに入社。1年ほど勤務して退社。18歳から20歳頃まで雑誌で漫画の仕事をしていたが行き詰まり、再度オープロに入社。『元祖天才バカボン』(1975-1977年)、『シートン動物記 くまの子ジャッキー』(1977年)の原画を担当[4]。日本アニメーションに出向して『未来少年コナン』(1977年)の原画を担当[2]。
テレコム・アニメーションフィルムに出向して『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)の原画を担当[2]。のちテレコムに移籍。『アニメージュ』1981年2月号掲載のアンケートによると、大塚康生・宮崎駿を慕い、1979年6月にテレコムに入社[3]。大塚康生によると、1979年に友永和秀と山内昇寿郎の2人は出向という形でテレコムに参加[1]。叶精二のツイートによると、オープロから『カリオストロの城』に参加し、直後に丹内司とともにテレコムに移籍[5]。
テレコムで『ルパン三世 PART2』第155話「さらば愛しきルパンよ」(1980年)[6]、『じゃりン子チエ』(1981年)の原画を担当[3]。『うる星やつら』(1981-1986年)に衝撃を受けて、1982年頃にスタジオぴえろに移籍[5]。『うる星やつら オンリー・ユー』(1983年)に参加[5]。丹内とともに『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)に参加し、直後に丹内とともにぎゃろっぷに移籍[5]。『名探偵ホームズ』(1984-1985年)の作画監督[7]、『キテレツ大百科』(1988-1996年)の作画監督・原画・総作画監督、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(1996-2004年)の原画・作画監督・キャラクターデザイン・総作画監督を担当。『千と千尋の神隠し』(2001年)の原画に増援として参加[8]。
出典[編集]
- ↑ a b 大塚康生『リトル・ニモの野望』徳間書店スタジオジブリ事業本部、2004年、80頁
- ↑ a b c 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、22頁
- ↑ a b c 『アニメージュ』1981年2月号
- ↑ アニドウFilm1/24編集室編『Film1/24別冊 未来少年コナン』アニドウ、1979年、166-168頁
- ↑ a b c d 叶精二のツイート
- ↑ 『アニメージュ』1980年12月号
- ↑ 名探偵ホームズ | 1980年代 | TMS作品一覧 トムス・エンタテインメント
- ↑ 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、241頁
- ↑ ニュースで振り返るアニメ界2010 新しい動きと悲しい知らせに揺れた年 WEBアニメスタイル、2010年12月28日
- ↑ やまうち枯らし オープロダクション社長日記、2010年8月25日