堤義明
堤 義明(つつみ よしあき、1934年5月29日 - )とは、日本の実業家。西武グループを一代で築き上げた父・堤康次郎から地位を引き継ぎ、西武王国を繁栄させた。堤清二は異母兄。
来歴[編集]
堤康次郎と内縁関係にあった石塚恒子の間に生まれる。麻布中学校・高等学校から早稲田大学第一商学部に入学し、大学在学中、父・康次郎から「冬の軽井沢に人を呼ぶ方法を考えよ」と命じられて発案した軽井沢スケートセンターが成功を収め、更に大磯ロングビーチ(大磯町)も成功させている。
1964年(昭和39年)、康次郎が死去したことにより西武グループトップに就任し、西武王国を繁栄させた。バブル景気真っ最中にはアメリカの経済誌「フォーブス」に「世界一の大富豪」として取り上げられたこともある。
2004年(平成16年)4月、西武鉄道が総会屋に利益供与していた西武鉄道総会屋利益供与事件が発覚し、西武鉄道会長職を辞する。同年10月、有価証券報告書への虚偽記載の責任を取ってすべての役員職を辞した。これは後に西武鉄道証券取引法違反事件へと発展し、西武鉄道・伊豆箱根鉄道の上場廃止処分に繋がった。
2005年(平成17年)3月、西武鉄道株式に関する証券取引法違反で東京地検特捜部に逮捕され、同月起訴される。10月の一審で懲役2年6ヶ月、罰金500万円、執行猶予4年の判決を言い渡され、被告・検察双方が控訴することなく判決が確定した。
人物[編集]
自身が社長を務めた会社ではほぼ全ての指示を本人が出し、特にホテル事業に関しては内部の設計などにまで細かく指示を出した。一方、自身が社長職ではない会社はその会社の社長に任せた。
社員への監視を徹底し、鉄道事業では乗務員・駅員の規律を事細かく就業規則で規定、バス事業では各車両の屋根上に車両番号を表記し、ヘリコプターから経路通りの運行をしているか自ら監視にあたった。
資産家だが履物は履けなくなるまで履き、社員教育で食べ残しをしないよう指導し、グループのホテルのレストランでは食べ残しを減らす観点からビュッフェスタイルを奨励した。
日本スポーツ界への影響力が極めて大きく、JOC会長、西武ライオンズオーナー等を歴任した他、スケート・スキー選手の育成にも力を入れた。スケート選手を自社グループで雇用することで生活を安定させるとともに練習に専念できる体制をとった。