ニホンカワウソ
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| 分類 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
| Lutra nippon [注 1] Lutra lutra nippon[注 2] Imaizumi and Yoshiyuki, 1989 Lutra lutra whiteleyi J. E. Gray, 1867[注 3] | |||||||||||||||||||||||||||||||||
| 和名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
| ニホンカワウソ ニッポンカワウソ | |||||||||||||||||||||||||||||||||
| 英名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
| Japanese otter Japanese river otter |
ニホンカワウソ(日本川獺・日本獺)は、日本で絶滅したとされるカワウソの一種。国指定特別天然記念物、愛媛県の県獣に指定されている。
形状[編集]
体長 130 cm、体重 5–12.5 kg、胴頭長 54–80 cm、尾長 30–56 cm。
体は流線形で、体色は茶褐色。上面は濃い褐色で、薄茶色を帯びており、下面は灰褐色で、黄白色がかっている。尾が長くて太く、手足は、短く水かきがある。毛の密度が濃くて、断熱効果がある。犬歯は上顎と下顎に2本づつある。ユーラシアカワウソとの違いは、ニホンカワウソの鼻鏡の輪郭がW字型であることである[1]。ニホンカワウソは朝鮮半島産ユーラシアカワウソよりも鼻孔が広い。
田んぼなどいるニホンカワウソよりも海辺にいるニホンカワウソのようが大きく、色も違っていたらしい。
分布[編集]
本州・四国・四国・五島列島に分布しており、北海道にはユーラシアカワウソの亜種であるエゾカワウソがいた。河川の中下流域や砂浜・磯の沿岸部で見られた。
生態[編集]
河川や海岸などに巣穴を掘って暮らしていた。
魚類やモズクガニやテナガエビなどの甲殻類を捕食する。アユは泳ぐのが早く、捕まえることが出来なかった。
分類[編集]
ニホンカワウソは、1989年(平成元年)9月22日に今泉吉典と吉行瑞子が Lutra nippon として記載した[1]。
本種は、ユーラシアカワウソの亜種説と独立種説がある。外見上はユーラシアカワウソと似ている部分も多い。現在まで生息している姿が確認できていないため、確実な調査が行えなずに学術的定義は曖昧なところがある。
ユーラシアカワウソとニホンカワウソのミトコンドリアのチトクロームb遺伝子を調べた研究では、224塩基中 9–7 の塩基違いがあったとされ、独立種とする事を支持した。
2016年(平成28年)の研究では、各1個体つづしか解析していないものの、神奈川県産ニホンカワウソは、中国産ユーラシアカワウソに近いJO1系統で、高知県産ニホンカワウソは127万年前にユーラシア大陸から日本に渡って来たJO2系統であった。JO1形状はユーラシアカワウソで、JO2系統は独立種である事が示唆された[2]。
2019年(令和元年)にParkらが行った研究では、ニホンカワウソのホロタイプはJO2系統であることが特定され、独立種としいてる[3]。
また北海道のエゾカワウソはニホンカワウソは別亜種とされているが、2亜種の分類学的な位置づけは不明確である。然しながら、残っている標本が非常に少なく、若い個体しか無いため十分に検討が出来ない。
人間との関係[編集]
河童の正体は、ニホンカワウソであるという説も存在する。
1974年(昭和49年)に自然保護シリーズ第1集としてニホンカワウソの切手が販売された。
愛媛県は、1964年(昭和39年)5月10日に「県の獣[ニッポンカワウソ]」として制定した。
絶滅[編集]
明治初期には日本で広く見られていた動物だったが、明治時代の毛皮などを目的とした乱獲によって数を減らしていく[4]。この毛皮はアメリカやイギリスに輸出された。
1928年(昭和3年)に狩猟禁止となった後も、密漁や開発による生息環境の悪化により数を減らしていった。
1930年代になると兵庫県・和歌山県・京都府・長野県で少数が生存しているだけになり、1936年(昭和11年)には淡路島に3匹のみになった。その為、絶滅したと考えられるようになったが、1948年(昭和23年)に香川県、1956年(昭和31年)に愛媛県で再発見。
丁度その頃、日本は高度経済成長であり、河川改修による河川の魚類の減少や海岸沿いの道路建設で、海岸と河川を行き来するニホンカワウソの行動が阻まれてしまうようになった[4]。
その為、当時の四国には相当数のカワウソがいたとされていたが1979年(昭和54年)の高知県須崎市での目撃例を最後に絶滅したとされる。この須崎市のカワウソは、一匹ではなく、数匹いたとされ、中には人に慣れた個体もいたという[5]。
その後も目撃例がいくつかあり、1980年代まで生息していたという説や現在まで生息しているという説がある。環境省は過去30年間の間に信頼できる目撃情報が無い事から2012年(平成24年)8月28日、エゾカワウソと共に絶滅種に指定した[6]。
ニホンカワウソ生存説[編集]
高知県須崎市で1979年に最後の目撃例が確認されているが、その後もいくつか目撃例らしきものがある。そのためまだニホンカワウソは生きていると考える人もいる。
然し、他動物を誤認したケースも多く、これらの目撃例はすべて公式には確認できないでいる。2017年(平成29年)には長崎県対馬で30年ぶりにカワウソの姿が確認されているが、何のカワウソかは確認できていない。DNAサンプルではユーラシアカワウソのものだとされるも、DNA鑑定だけでは明確にはわからずに今後も調査を続けていくとした[7]。
愛媛県では、ニホンカワウソの目撃が相次いでおり、愛媛県のレッドリストでも絶滅危惧1A類(CR)とされ、絶滅してないことになっている[8]。
脚注[編集]
- 出典
- 出典
- ↑ a b Yoshinori, Imaizumi; Mizuko, Yoshiyuki (22 September 1989). “Taxonomic status of the Japanese otter (Carnivora, Mustelidae), with a description of a new species”. Bulletin of the National Science Museum, Series A (Zoology) 15 (3): 177–188.
- ↑ Waku, Daisuke; Sasaki, Takeshi (January 2016). “Evolutionary History of the Extinct Otter Lived in Japanese Islands”. Advanced techniques in biology & medicine 4 (4). .
- ↑ Park, Han-Chan; Kurihara, Nozomi; Kim, Kyung Seok; Min, Mi-Sook; Ham, Sungyong; Lee, Hang; Kimura, Junpei (02 May 2019). “What is the taxonomic status of East Asian otter species based on molecular evidence?: focus on the position of the Japanese otter holotype specimen from museum”. Animal cells and systems 23 (3): 228–234. .
- ↑ a b 今吉善晴、高島幸男「ニホンカワウソの衰退を巡る」、『生物科学』第26巻第1号、日本生物科学者協会、1974年、 20-28頁。
- ↑ 吉川琴子、谷地森秀二、加藤元海「日本で最後の生存記録となったニホンカワウソ個体に関する目撃情報の整理」、『哺乳類科学』第57巻第2号、日本哺乳類学会、2017年12月、 329-336頁、 。
- ↑ 共同 (2012年8月28日). “ニホンカワウソ絶滅指定 30年以上生息確認なく”. www.nikkei.com (日経新聞社) 2024年1月2日閲覧。
- ↑ 神田明美; 小坪遊 (2017年8月17日). “もしかしてニホンカワウソ?対馬で撮影 12年に絶滅種”. www.asahi.com (朝日新聞社) 2023年9月16日閲覧。
- ↑ 宮本大右 (2014年10月). “カワウソ”. 愛媛県レッドデータブック. 2023年9月16日確認。