スミソニアン国立航空宇宙博物館
スミソニアン国立航空宇宙博物館(スミソニアンこくりつこうくううちゅうはくぶつかん、英語: National Air and Space Museum、略称: NASM)は、アメリカ合衆国のワシントンD.C.にある、スミソニアン協会が運営する国立博物館である。航空と宇宙に関する世界最大のコレクションを誇り、年間を通じて数百万人の来館者がある。
概要[編集]
スミソニアン国立航空宇宙博物館は、航空史と宇宙開発史における重要な遺産を保存、研究、展示することを目的としている。そのコレクションは、ライト兄弟の「ライトフライヤー号」やチャールズ・リンドバーグの「スピリット・オブ・セントルイス」といった歴史的な航空機から、アポロ11号の司令船「コロンビア」やスペースシャトル「ディスカバリー」といった宇宙船まで、多岐にわたる。展示品の多くは、人類の技術的進歩と探求心を象徴するものである。
本館はナショナル・モールに位置し、その独特な建築様式はワシントンD.C.のランドマークの一つとなっている。また、ワシントン・ダレス国際空港近郊のシャンティリーには、アネックス施設であるスティーブン・F・ウドヴァー=ハジー・センターがあり、本館では展示しきれない大型の航空機や宇宙船が収蔵・展示されている。
歴史[編集]
スミソニアン国立航空宇宙博物館のルーツは、1876年のフィラデルフィア万国博覧会で展示された航空機コレクションに遡る。これらのコレクションは、1889年にスミソニアン協会に移管され、スミソニアン博物館の一部として展示されるようになった。
本格的な航空宇宙博物館の構想が浮上したのは、20世紀初頭の航空技術の急速な発展期であった。1946年、ハリー・S・トルーマン大統領は、国立航空博物館(National Air Museum)の設立に関する法律に署名した。しかし、第二次世界大戦後の混乱や朝鮮戦争などの影響により、独立した建物の建設は遅れた。
1960年代に入り、宇宙開発競争の激化とともに、航空宇宙への関心が高まり、博物館の拡充が強く求められるようになった。1966年、国立航空博物館は国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)に改称され、そのスコープが宇宙分野にまで広げられた。
そして、アメリカ合衆国建国200周年にあたる1976年7月1日、ワシントンD.C.のナショナル・モールに、現在のスミソニアン国立航空宇宙博物館本館が開館した。開館当初からその膨大なコレクションと革新的な展示手法により、世界中の注目を集めた。
2003年には、バージニア州のワシントン・ダレス国際空港に隣接する敷地に、スティーブン・F・ウドヴァー=ハジー・センターが開館した。これは、本館では収蔵しきれない大型の航空機や宇宙船を展示するための施設であり、エンタープライズ (オービタ)やコンコルドなどが展示されている。
2018年からは、本館の大規模な改修プロジェクトが開始され、一部の展示は一時的に閉鎖されたが、段階的にリニューアルされた展示が再開されている。この改修は、来館者体験の向上と、21世紀の展示技術の導入を目的としている。
主な展示品[編集]
スミソニアン国立航空宇宙博物館のコレクションは、航空と宇宙の歴史を物語る上で不可欠な数々の歴史的遺産で構成されている。
- ライトフライヤー号:1903年にライト兄弟が初飛行に成功した人類初の動力飛行機。航空史における最も重要なマイルストーンの一つ。
- スピリット・オブ・セントルイス:チャールズ・リンドバーグが1927年にニューヨークからパリへの大西洋無着陸横断飛行に成功した際に使用した単葉機。
- ベル X-1:「グラマラス・グラニス」の愛称で知られる、チャック・イェーガーが1947年に音速を突破した最初の有人機。
- アポロ11号司令船「コロンビア」:1969年、ニール・アームストロングらが月面着陸に成功したアポロ計画の宇宙船。
- フレンドシップ7:ジョン・グレンが1962年にアメリカ合衆国初の地球周回軌道飛行を達成した際に搭乗したマーキュリー計画の宇宙カプセル。
- スペースシャトル「ディスカバリー」:数々のミッションをこなし、国際宇宙ステーションの建設にも貢献したスペースシャトル計画のオービター。現在はスティーブン・F・ウドヴァー=ハジー・センターに展示されている。
- Me 262:第二次世界大戦中にドイツで開発された世界初の実用ジェット戦闘機。
- V2ロケット:第二次世界大戦中にドイツが開発した弾道ミサイルであり、現代のロケット工学の基礎となった。
- ルナモジュール:アポロ計画で月面着陸に使用された月着陸船のテスト機。
その他、多数の航空機、宇宙船、ミサイル、ロケット、航空宇宙技術に関連する各種機器、宇宙服、歴史的文書などが収蔵されている。
施設[編集]
スミソニアン国立航空宇宙博物館は、主にワシントンD.C.の本館と、バージニア州シャンティリーのスティーブン・F・ウドヴァー=ハジー・センターの2つの施設で構成されている。
本館[編集]
ワシントンD.C.のナショナル・モール東端に位置する本館は、その印象的な大理石とガラスの外観で知られている。設計はギョー・オーバルによるもので、1976年に開館した。内部は複数のギャラリーに分かれており、航空の黎明期から現代の宇宙探査に至るまでの歴史を年代順に追って学ぶことができる。
主なギャラリーには、「飛行のパイオニアたち」「第二次世界大戦の航空機」「宇宙の時代」「アポロミッション」「宇宙の探検」などがある。また、IMAXシアターやプラネタリウムも併設されており、臨場感あふれる映像と解説で、来館者は航空宇宙の世界に没入することができる。
スティーブン・F・ウドヴァー=ハジー・センター[編集]
ワシントン・ダレス国際空港のすぐ隣に位置するスティーブン・F・ウドヴァー=ハジー・センターは、2003年に開館したスミソニアン国立航空宇宙博物館のアネックス施設である。この施設は、本館では展示しきれない大型の航空機や宇宙船を収蔵・展示するために建設された。
広大な格納庫のような空間には、スペースシャトル「ディスカバリー」をはじめ、ボーイング B-29「エノラ・ゲイ」やコンコルド、SR-71ブラックバードなど、航空史に名を残す数々の巨大な機体が展示されている。来館者は、これらの実物大の機体を間近で見ることができ、その迫力に圧倒される。また、博物館のバックヤードを見学できる展望台や、収蔵品の修復作業が行われる様子をガラス越しに見学できるスペースも設けられている。
教育と研究[編集]
スミソニアン国立航空宇宙博物館は、単なる展示施設にとどまらず、航空宇宙分野における重要な教育・研究機関としての役割も担っている。
博物館の専門家たちは、航空史、宇宙開発史、航空宇宙工学、惑星科学など、多岐にわたる分野で研究活動を行っている。彼らの研究成果は、展示内容の充実に貢献するだけでなく、学術論文や書籍として発表され、広く知識の普及に貢献している。
また、博物館は、子供から大人までを対象とした様々な教育プログラムを提供している。学校向けのフィールドトリップ、家族向けのワークショップ、一般向けの講演会、オンライン学習リソースなどがあり、航空宇宙科学への関心を高め、次世代の研究者や技術者の育成に貢献している。特に、STEM教育(科学・技術・工学・数学)の推進に力を入れており、実践的な体験を通じて学習できる機会を提供している。
豆知識[編集]
- スミソニアン国立航空宇宙博物館は、開館以来、世界で最も来館者数の多い博物館の一つである。
- 博物館の建物は、光を取り入れるために多くの窓が設置されており、日中の自然光で展示品が照らされるように設計されている。
- 映画『ナイト ミュージアム2』では、スミソニアン国立航空宇宙博物館が物語の舞台の一つとなった。
- 展示されている多くの機体は、実際に飛行したり、宇宙に行ったものである。
- スティーブン・F・ウドヴァー=ハジー・センターの建設には、航空宇宙産業からの多額の寄付が活用された。