B-47 ストラトジェット
B-47 ストラトジェット(B-47 Stratojet)は、アメリカのボーイング社が開発した長距離戦略爆撃機である。世界初の本格的な後退翼を持つジェット爆撃機として知られ、その設計は後の多くの航空機に影響を与えた。冷戦初期のアメリカ空軍における主要な核抑止力の一翼を担った機体である。
開発[編集]
第二次世界大戦末期、ドイツのジェット機開発の進展を受けて、アメリカ陸軍航空軍(後のアメリカ空軍)は、将来の爆撃機に関する研究を開始した。当初はプロペラ機の改良型や、軸流式ジェットエンジンを搭載した比較的小型の機体が検討されていた。しかし、ドイツのメッサーシュミット Me262などに代表される後退翼の概念が注目され始めると、ボーイング社はこれを積極的に取り入れた新しい設計案を提案する。
1945年、ボーイングは最初のジェット爆撃機案であるモデル424を提示したが、これは直線を基調とした翼を持つ一般的な設計であった。しかし、ドイツからの技術情報がもたらされると、ボーイングの技術者であったジョージ・S・シャイラーらは、後退翼の可能性に着目。風洞実験の結果、後退翼が高い亜音速域での抵抗を大幅に減少させ、速度向上に寄与することが判明した。これにより、ボーイングはモデル432、そして最終的に後のB-47へと繋がるモデル450の開発を進めることになる。
モデル450は、それまでの爆撃機とは一線を画す斬新な設計であった。主翼は35度の後退角を持ち、エンジンは翼下のパイロンに懸架された。この配置は、エンジンの整備性を向上させるだけでなく、主翼の剛性を高める効果もあった。また、機体の軽量化のため、当時としては珍しい自転車式降着装置(胴体前後に主脚を持ち、翼端に補助輪を格納する方式)が採用された。
1946年にアメリカ陸軍航空軍は、ボーイングのモデル450案を採用することを決定し、XB-47として2機の試作機の発注を行った。XB-47の初飛行は1947年12月17日に行われた。これは、ライト兄弟による人類初の動力飛行から44周年目の記念すべき日でもあった。試作機は優れた性能を示し、アメリカ空軍は本格的な量産体制に入ることを決定する。
設計[編集]
B-47は、その革新的な設計によって、その後のジェット旅客機や輸送機に大きな影響を与えた。
- 主翼:35度の後退角を持つ高アスペクト比の主翼は、高亜音速での効率的な飛行を可能にした。主翼の柔軟性も特徴の一つで、飛行中に翼が大きくしなる様子が見られた。
- エンジン配置:GE J47ターボジェットエンジンを、主翼下のパイロンに2基ずつ、合計6基搭載した。これにより、十分な推力を確保し、航続距離と速度を両立させた。翼下エンジン配置は、整備の容易さや、主翼の揚力を妨げないという利点もあった。
- 降着装置:自転車式降着装置は、胴体前後に大きな主輪を持ち、左右の主翼下には格納式の小型補助輪が装備された。これは、細い胴体と低く設置された主翼という設計を可能にするための選択であったが、離着陸時の操縦には独特の技術を要した。
- 防御武装:初期の型では尾部に遠隔操作式の機関砲が装備されていたが、後には電子戦機器が主体となった。高速飛行能力により、敵の迎撃機から逃れることを主眼としたためである。
- 乗員:通常3名の乗員(操縦士、副操縦士、航法士/爆撃手)が搭乗した。一部の型では、電子戦士官が追加された。
運用[編集]
B-47は1951年にアメリカ空軍の戦略航空軍団(SAC)に配備され、冷戦初期の核抑止力の中核を担った。当初は、ソ連領内深くへの侵攻を想定した長距離爆撃任務に就いた。しかし、ソ連の対空ミサイルや戦闘機の性能向上に伴い、高高度からの侵攻は困難になると予想されたため、B-47の運用ドクトリンは低空侵入による核攻撃へと変更された。
B-47は、その高速性能と航続距離から、核爆弾投下任務だけでなく、偵察機型(RB-47)や気象観測機型(WB-47)としても広く運用された。特にRB-47は、ソ連国境付近での偵察任務に就き、しばしばソ連の戦闘機との遭遇を経験した。
1960年代に入ると、より高性能なB-52 ストラトフォートレスや弾道ミサイルの配備が進んだため、B-47は徐々に第一線から退いていった。最後のB-47は1969年にアメリカ空軍から退役した。
B-47の運用においては、高速飛行能力と柔軟な主翼構造に起因する特有の運用上の課題も存在した。特に、低空高速飛行時の激しい乱流による機体疲労が問題となり、多数の機体がクラック(ひび割れ)に見舞われた。これにより、飛行時間が制限されたり、大規模な補強作業が行われたりすることもあった。
派生型[編集]
- XB-47:試作機。2機製造。
- B-47A:初期生産型。10機製造。評価試験に使用された。
- B-47B:最初の本格量産型。機内燃料タンクの増設など。
- B-47E:最終生産型。エンジンをJ47-GE-25に換装し、推力が向上。尾部機関砲を換装し、空中給油受油装置を装備。最も多く生産された型。
- RB-47E:偵察型。爆撃装置を撤去し、偵察カメラを搭載。
- RB-47H:電子偵察型。電子情報収集(ELINT)任務に特化。機首部分が延長され、多数のアンテナを搭載。
- WB-47E:気象観測型。気象観測機器を搭載。
- DB-47B/E:ドローン運用母機。標的機などの運用に使用。
- NB-47B:原子力推進航空機研究計画の試験機。実際に原子力エンジンは搭載されず、原子炉の遮蔽効果などをテストした。
主要諸元(B-47E)[編集]
- 乗員:3名(操縦士、副操縦士、航法士/爆撃手)
- 全長:33.48 m
- 全幅:35.64 m
- 全高:8.51 m
- 翼面積:132.7 m²
- 空虚重量:36,740 kg
- 最大離陸重量:93,900 kg
- 動力:ゼネラル・エレクトリック J47-GE-25 ターボジェットエンジン × 6
- 推力:26.5 kN (5,970 lbf) × 6
- 最大速度:975 km/h(マッハ 0.81)
- 巡航速度:890 km/h
- 航続距離:6,494 km
- 実用上昇限度:12,000 m
- 上昇率:23.3 m/s
- 翼面荷重:707.6 kg/m²
- 推力重量比:0.17
- 武装
- 固定武装:M-24A-1 20mm機関砲 × 2(尾部遠隔操作式銃座)
- 爆弾:最大10,000 kg(核爆弾または通常爆弾)
豆知識[編集]
- B-47は、初期のジェット旅客機であるボーイング707の設計に大きな影響を与えました。特に、後退翼や翼下エンジン配置は、707に直接的に引き継がれています。
- 離陸時には、短距離での離陸を可能にするために、JATO(ジェット補助離陸装置)用の固体燃料ロケットを多数胴体後部に装着することがありました。これは、特に重い積載時や高温環境下での運用に役立ちました。
- B-47のパイロットは、その独特の操縦特性から「ストラトジェット・ジョッキー」と呼ばれていました。特に自転車式降着装置は、着陸時に機体のロールを制御するのが難しく、高度な技術を要しました。
- 冷戦期には、ソ連の防空網を突破するための超音速爆撃機として、B-47を発展させたB-58 ハスラーが開発されましたが、B-47のような大量生産には至りませんでした。
関連項目[編集]
参考書籍[編集]
- 『世界の傑作機 No.130 B-47 ストラトジェット』文林堂、2009年。
- 『ジェーン年鑑 航空機 1960-61』ジェーン出版、1960年。