高橋信次 (宗教家)

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高橋 信次(たかはし しんじ、1927年昭和2年〉9月21日 - 1976年〈昭和51年〉6月25日)は、日本経営者宗教法人GLAの創設者。

略歴[編集]

(教祖の高橋信次のライフヒストリーは、本人の著作以外の情報がほぼない[1]。)

1927年長野県南佐久郡平賀村(現在の佐久市)の農家に男3人・女7人の10人兄弟次男として生まれた[2]

1938年、10歳で原因不明の病気にかかって幾度か死線を超え、幽体離脱を経験した[1]。やがて「もう一人の私」となっている自分に気がついたという[3]。これ以来、幽体離脱で経験した「もう一人の私」の疑問を解くことと健康を願い、家の近くの権現に参るようになる[4]

1940年小学校から中学校に進む。

1941年、中学を中退し、陸軍幼年学校に進学[5]

1944年、陸軍士官学校に進学し、そして終戦[注 1][6]

1946年、復員。復員のときにもらった2300円を持ち、敗戦ショックの中、廃墟となった東京に上京する[7]。もう一度勉学を志し、苦学にて大学入学資格試験を通過し、進学した日本大学旧工学部(現 日本大学理工学部)では、自らの疑問追及に必要だった自然科学理科系の学びをする[8]

1952年、25歳から独立自営で電気関係の仕事を始め、徐々に拡大、コンピューター端末機器製造会社の高電工業株式会社を設立し、同社と八起ビル管理株式会社の社長となる[9]。神秘の世界の探求も続け、仏教の僧やキリスト教会にいろいろ質問したりもしたが、納得できず、既存宗教に徐々に失望[10]

1954年、結婚。この前後から不思議な体験をするようになり、ほとんどの予言が的中し、様々な相談を受けるようになったという[11]

1962年、35歳のとき個人経営で高橋電工を設立[12][13] 。経済力がなくては人を救うこともできないと考えるようになり、利益追求型の経営をするようになった[14]

1964年、高電工業株式会社を設立[12][13]。電子機器の設計製造に着手し、 事業は順調に伸びてゆき、神奈川と長野に生産工場を設置した。しかし、会社内をはじめ、家庭内も混乱するようになっていった[14]

1969年、浅草に建設中のビルにて第一回の集会が開かれ、名前を「神理の会」とする。集われた人の中より、「ぜひもっと多くの人にこの教えを聞いていただきたい」という発心が生まれ、1969年4月、有志により「大宇宙神光会」が創設される(GLA創立)[15][16]

1971年、『縁生の舟』(現証篇)(科学篇)を出版する。宗教的な集団造りは望んでいないことを明示した[17]

1976年、自らの48歳での帰天と青年の中から後継者が出現することを予言し、後継者を探し始める。同年、和歌山県白浜研修会を開催し、当時大学生であった長女の高橋佳子を法の継承者として指名する[18]。同年6月25日、死去[19]。48歳没。

宗教学的評価[編集]

信次には多くの新宗教の教祖同様に、シャーマンの要素が見られた[20]。霊能者としては脱魂と憑霊(霊の憑依)の両方を具えており、召命型・修行型の分類では召命型の要素が強いと見られている。信治は講演の後で「霊道を開く」と言って、異言を語らせる、過去生を思い出させる、憑依霊を祓うといったことを行い、カリスマ性を示した[20]

研究者の長谷瑞光は、GLAの教義の源流には悪霊論があるとしており、信次は精神病は悪霊の仕業であると説いていたが、佳子の著作ではこうした言説はほぼ姿を消し、人生の苦難や世界の苦境の克服ということがテーマとなっており、教えには変化が見られる[21]

人物[編集]

もう一人の自分を求める時代[編集]

1938年、10歳の終わり頃から、原因不明の病気にかかり、幾度か死線を越えるという体験をした[注 2]。この病気を機に、家の近くにあった権現様と呼ばれる村の小さなにお参りするようになったという[22]。健康の祈願と「もう一人の私」とは誰であろうかという疑問を解くために、毎日朝夕の参拝をし続けたとされる。そして社の内外の掃除を日課としているうちに、いつの間にかこの社が自分の家のようになり、勉強道具を持ち込んで一人で勉強をするようなこともあったという [22]。4、5年お詣りは続いたけれど、神との対話は何の返事もなかったことから、神とはいったい何者だろうか、祈りとは何だろうかという疑問が増えただけだったという。また、もう一人の自分の探究は、その後30年近くに及んだという。

年を経るにしたがい、生死の問題も加わってくるようになったけれども、どのような問題についてもいろいろな角度から疑問の追及をしていく性分だったという。17歳のときに敗戦を経験した。戦時下においては、神国日本、忠君愛国の道を突っ走ってきたために、敗戦のショックはかなり大きかったことを述べている。この頃から、神社の神仏に対しての疑問が生じ、神の存在があるとしたら、地球上のすべての人類にその恩恵は平等であるはずだという考えに至ったという。大学に入学してからは、化学書や物理学書をひもとき、極微の世界から、極大の宇宙へと、物質的な研究が進んで行ったが、それは「もう一人の自分」というものをどうしたら証明できるかということについての物質を主体とした研究でもあったという。[7]そのころよく禅定をして瞑想にふけっていたが、生活にもどるとすぐに元に戻ってしまっていたとしている。学校では自然科学理科系の、自分に必要な学問(心の問題を中心にしての解決のきっかけをつかむ)を学習していた。そのため学友からは変わり者の予言者と呼ばれていた。また、このころ恋愛についても悩んだとされている。[23]

人助けの時代[編集]

1954年、結婚し新しい生活に踏み出した。事業に失敗して無一文になる。

この頃から不思議な現象が始まるようになったという。予言がほとんど的中し、相談に来る人が多くなった[24]。また、この時まで、神仏の話題が生活の中に出ないときは無く、執念のようにいつも心の中を占領していたと語っている。 1964年、会社を設立[13]。しだいに、利益追求型の経営をするようになった。しかし、会社内をはじめ、家庭内も混乱するようになっていった。 1965年、出会う人の悩みや心配事を瞬時に見通したり、予言がその通りになったりして、家を訪ねてくる人が後を絶たなかったという[25]

霊的現象の時代[編集]

1968年、7月より1ヶ月くらいの間で、人生が180度変わってしまうような霊的現象が起こった[26]。出現した霊に、「3日で悟れ」と言われ、その時から、最善を尽くす生き方に転換したとされている。それまでは、刹那的な生き方をしていたが、自己の執着を捨てた生き方に変わったとされている。

光の大指導霊との遭遇の次元[編集]

あるとき、観自在の境地に到達した数名の人たちは、光の天使の住む世界に行った、とされている。 光の天使の住む世界では、光の天使の指導者の話を聞くことができた。光の天使の指導者は、直接、彼らに啓示した。彼は、これまで、世界の歴史の中で「神の啓示」とされてきた多くの出来事は、実は、光の天使たちの集団による指導であった、と啓示した。[27]

精神復活運動の時代[編集]

1968年、生き方が変わり、「本当の自分」を自覚し、人々に魂の真実を説き始めたあとも、「たゆみない進歩」という言葉を絶えず口にし、さらなる進化成長への探究を怠らなかったとされている[28]。 1971年『心の発見 』(現証篇)を出版する。宗教的な集団造りは望んでいないことを明示した。[注 3]。1971年『心の発見 』(科学篇)を出版する。人間の内側には、心や、次元の異なる魂の世界があるとし、[29]真に正しい心の文明を、物質文明の上に築かなければならないことを明示した。[注 4]

失われた仏智の再発見の次元[編集]

観自在の境地に到達した人にとっては、光の天使の啓示や教えを体験するということは、光の天使の啓示であると同時に、「失われた仏智」を心の中に、再び思い出すという側面がある[30] 。 『心の原点』等の書籍によって、「魂の道」というものは開かれたとされている[31]

「魂としての邂逅」の次元[編集]

1976年には、かねてからの予言通り、自らが48歳で帰天することをしばしば口にするようになる。[32]やがて、ある魂と、生まれる前に世界の調和の具現を約束してきたことを思い出す。それは、この世における「魂としての邂逅」であった。そして、それは、魂としての根幹にかかわる出会いであった。そのとき、その魂は、人生を因果律によって隈どる神理を開示した。その新たな神理に触れ、ようやく世界調和へと向かう後継者に邂逅できたことを歓んだという。[32]

信念[編集]

心眼(心の次元を見る目)に基づく信念[編集]

『原説般若心経』には、人間の大部分は、他人の心の中も、ましてや偉大な悟りを開いた人の心の中も、ほとんど知ることができないと、されている。そのため、人間の大部分は、眼でとらえた姿かたち、耳で聞いた話や噂など、そうした範囲で、人や物事について、その評価を決めがちである[33]

世の中には、「一般には見えない」という理由で、天使やあの世の世界を否定する人達がいる。『心の発見』では、そうした人に対しては、逆に質問を返したい、と記されている。「そういう風に否定するあなたたちは、いったい、どんな生活をしているのですか」と。私たちには、空が曇っているときには、太陽も月も見えはしない。それと同じように、人間は、自己の欲望を主体とした生活をしているままでは、心の悟りも開けず、心の眼でみることはできない、としている[34] [注 5]

光の天使は信念を持っていた[編集]

『原説般若心経』には、次のように記されている。それは、数名の人たちのことについてである。彼らは、「心の修行」によって、「観自在の境地」に到達した。「観自在の境地」に到達した数名の人たちは、一緒に、光の天使の住む世界に行った、とされている。そのとき、彼らの魂は、彼らの肉体を抜け出し、「悟りを得た光の体」となった。 光の天使の住む世界では、光の天使の指導者の話を聞くことができた。光の天使の指導者は、直接、彼らに啓示した。彼は、これまで、世界の歴史の中で「神の啓示」とされてきた多くの出来事は、実は、光の天使たちの集団による指導であった、と啓示した。 光の天使は、その啓示のなかで、「すべての人間はみな神の子である」ということを啓示した[27]。そして、すべての人間は、あの世の「在りてある世界(光の世界)」から、生まれてきていることを、啓示した。光の天使は、すべての人間は、この世で正しく修行をしてきます、という約束をしてから、彼らをこの世に送り出していると、啓示した。光の天使は、啓示した、人の魂が転生輪廻するのは、魂がこの地上で修行をするためであると[33]

そのときに、あの世の「在りてある世界(光の世界)」において、古代エジプトスタイルの光の天使は、講演という形で、人間に対しての啓示をしたとされる。地球というのは、「真の神」の身体における小さな細胞である。人間は、ここ、あの世の「在りてある世界(光の世界)」から、地上界に生れてきている。神の子である人類は、神の子としての慈悲と愛の心をもっている。人類の一人ひとりは、自らの智慧と勇気によって、ユートピアを完成するのが使命である。そのためには、一人一人が、「偏りのない中道の心」を柱とした修行の実践生活をしてゆくように、と、光の大指導霊は、啓示した[35]

光の天使はこの世界に啓示する[編集]

『心の発見 現象篇』には、古代エジプトスタイルの光の天使が、啓示したことが記されている。それは、神理の記録(『心の原点』)の完了する時を一日でも早くするための、光の天使による促しであった[36]。その光の天使は、42年間、指導霊として、個別の指導をしていたことを啓示した。その光の天使は、今回の神理の記録が完成することで、指導霊としての彼の使命は終わることが、啓示された 。

そのことは、光の天使が、人類を指導するときには、すべて、「神の理によって指導がなされている」ことを意味している。それは、すべての魂が歩むべき道であるといえる。

万古不滅の法は世界を動かしている[編集]

人は悟ると、次のことがわかるとされている。それは、「法」というものは神の心であり、神理は昔も今も未来も変わることはないのだ、ということである[37] 。永遠に不変のものが、神理である、とされている。

万古不滅の神理は、人間の心を解放するとしている[38]

無言の教としての神の啓示[編集]

大自然の法則は、無言の中にも、たえず人間に真理を教えている、とされている[39]

『原説般若心経』には、現象界における大自然の移り変わる姿や、自然の法則は、「大宇宙体を支配している意識」の表れである、と説かれている。現象界における大自然の移り変わる姿や自然の法則は、「在りてある世界(光の世界)」や「心の世界」の表れである、としている[40][注 6]

教義[編集]

魂の道を歩む[編集]

「心の次元を見る眼」を開いた人の中には、「光の大指導霊」の啓示を体験できる人がいる。『心の原点』は、光の大指導霊によって認可されることとなった。そのことは、『心の原点』で説かれていることと、「天上の世界」で説かれていた「神理」とは、共通していることを意味している。

『心の原点』等によって、「魂の道」というものは開かれたとされている[31]。 『心の原点』には、天上界で説かれていた魂の道を、地上の世界に開いた、という側面がある。

あるとき、「心の次元を見る眼」を開いた人は、自分の外から、光の天使による啓示を得た。光の天使が説いた「魂の道」は、宇宙を貫く神理であった。それは、光の天使より神理を開示される、という体験であった。そうした、外からくる神理の体験にとどまらず、『心の原点』には、魂の道を自らの心の中に仏智として見出すことのできる境地がある、と説かれている[41][注 7][注 8]

神の啓示に学ぶ[編集]

『原説般若心経』には、以下のように説かれている。それは、「大自然は神理を説くわが師である」、という道についてである。そのことは、1986年から、事業のかたわら、あらゆるところで説いてきた、とされている[42] 。 また、太陽はすべて平等に熱光を与えている[43]ことから、慈悲は神の光であるとされている。そして愛も慈悲と同様に、神の光である。慈悲を宇宙の心(宇宙即我、すなわち、宇宙は、自分自身であったとする悟り)とすれば、愛は調和を目的とした地上の光である、とされている[44][45]

神の啓示する「正法」とは、正しい法、万古不滅の神の理、神の心、すなわち宇宙の法則をいう[46] 、とされている。

そして、正しい法の根本は、「神の子の自覚」であるとされている[47]

神の意識と一体となった天使について[編集]

「大宇宙大神霊」と悟った「天使」との関係[編集]

神とは、大宇宙を支配する大意識のことです。もろもろの仏とは、神の大意識と不離一体の境涯となった悟った人間をいう[48]

「在りてある世界(光の世界)」の光の大指導霊は、神の大意識と不離一体となっている。そして、光の大指導霊は、地上の人々に神の道を教え、救うためにこの世に転生してくる、とされる[49]

神は光であるともされているので、光の大指導霊は、神の意識と不離一体となった個体としての光と言い換えることができる。光の大指導霊を「もろもろの仏」と呼ぶこともある。また、この世に生まれ、悟りを開いた光の大指導霊は仏とされる[50]。神と仏の違いは、意識の枠の大きさであるとされる[51][注 9]

神の意識と一体となった天使による啓示[編集]

地球上におけるすべての宗教の共通部分として、「光輝く天使による啓示」という現象がある、とする見解がある[52]

「在りてある世界(光の世界)」の光の大指導霊の一人は、神の使いとして、かつてこの世で、人間としての肉体を持った経験がある、と語ったとされている[49]。このことを言った光の大導霊者の一人は、地上でイエス・キリストと呼ばれている存在もまた、光の大導霊であり、人間としてこの世に生まれ、そして悟りを開いた存在だと語った[53]

また、光の大指導霊は、超古代の文明の時代にも、光の天使の指導が、人類に対してなされていたことを説明した[注 10][注 11] [注 12]

光の天使の教えに学ぶ魂の道[編集]

あるとき、光の大指導霊は、正しい人生の在り方と、神の子としての証について、本を書くことを指示したとされる[54] 。それは、おおまかに言って、次の10項目についてであった。①宇宙と生命の関連。②人間はなぜ生まれてきたのか。③人間の使命とは。④この世とあの世の成り立ちについて。⑤苦楽がつくりだされる原因。⑥意識と心の関係。魂と肉体の次元の違いについて。⑦神の意志と、肉体的本能との関係。⑧人間の死について。⑨物質経済について。⑩「中道の心」について。

人間はみな神の子である[編集]

[27]

すべての万物は、「神の心」の中で、その存在を生きていて、そのことは同時にその存在を、神によって生かされていることでもある、とされている[55]

在りてある世界(光の世界)[編集]

すべての人間は、こうした「在りてある世界(光の世界)」において光の天使と約束をして、この世にうまれてきている、と光の天使は啓示する。

転生輪廻[編集]

人間は、この地上に、修行のために転生輪廻してきている、と光の天使は啓示する。[33]

人生の目的[編集]

地球は、神の身体のうちの、小さな細胞である。人間が、この「在りてある世界(光の世界)」から、地上界に生れるということは、ユートピアを完成するのが使命である。そのためには、一人一人が、神の子としての慈悲と愛の心をもって、また、一人一人の智慧と勇気によって、「偏りのない中道の心」を柱とした実践生活を確立することが大切であると、光の天使は講演をした、とされる[35]

「偏りのない中道の心」[編集]

「偏りのない中道の心」を柱とした実践生活[56]

歴史における光の天使の指導に基づく教え[編集]

地上界においては、光の天使が過去世で説いた神理は、二千年もたつと、人々の智と意からの産物により、「塵」に覆われてしまうことになる、というのが常である。そうした「塵」を払うために、天使はこの世に、転生輪廻して生まれてくる、と啓示されている。そして、そのように肉体を持った「神の天使」は、いつのまにか、人々によって神格化されてしまい、「地上の偶像」や「地上の神仏」に変わってしまうことになった。それは、「神の天使」が、かつて、多くの衆生を「法」によって救ってきた、ということが原因である、と、光の天使は説いている。[57]。そのことは、「古来より説かれていた法」の本質は、どの時代、どの地域においても、原点は同じであることを示している。肉体を持った「神の天使」は、その当初において、この世、あの世を貫く「魂の道」が、神と一体となって、永く続いてゆくように導く、という使命をもって遣わされてきたことを、現わしている。

「仏智(仏の境地より流れ出す智慧)」を再発見することについて[編集]

「失われた仏智」の再発見という言葉がある。観自在の境地に到達した人にとっては、光の天使の啓示や教えを体験するということは、光の天使の啓示であると同時に、「失われた仏智」を心の中に、再び思い出すという側面がある。すべての光の天使が神の心を生きようとしているとするならば、光の天使の啓示する神理は、そのまま、自らの再発見された「仏智の中に見出すことのできる神理」ということになる。そのため、光の天使の示す「魂の道」は、そのまま、自らの信念の従う「魂の道」であるということになる。

心の復興[編集]

心の復興をしてゆくと、観自在の境地に至れる、とされている。[注 13]

再発見された「仏智(仏の境地より流れ出す智慧)」にもとづく教え[編集]

この世のすべての人間は、過去世、並びに天上界で受けてきた教育や、抱いていた神理についての、記憶を持たないように生まれてきています。これらのことがらについては、もともと何もないということではなく、これらは、意識の奥に潜在意識として存在しているといわれています。人間は、生まれる前のことを、すべて忘れた状態で、この世に生まれてくるとされています。

「仏智(仏の境地より流れ出す智慧)」とは、潜在意識の奥底から泉となって、潜在意識に流れ出した偉大な波動であり光である、とされています[58]

『心の原点』に顕された教え[編集]

『心の原点』は、光の天使の促しと認可を得た書物であるとされている[36]

「宇宙の子」である「神の子」について[編集]

神は、大宇宙体を、神の意識の当体として創った、とされている[59]

正しい法の根本は、神の子の自覚であるとされている[47]

神は、人間を神の子として、作った。神は、この地上界を平和なユートピアにすることを、人間の生命目的として定めた、とされている[60]

神には、魂の親としての愛があるがゆえに、太陽の熱と光に人間への見返りを求めることをしていない[注 14]

大宇宙について[編集]

この大宇宙は、神が創造したものです。神は天地創造と同時に、創造した現象物質世界に、永遠の調和を目指すことを意思しました。永遠の調和、生命の転生輪廻は、そうした意思の下に始まったのです[61][注 15]

『人間釈迦』は、映像の自動展開と、自動書記の多用で書かれた書物であるとされる[62] 。『人間釈迦①』の中には、宇宙には物質の宇宙と意識の宇宙とがあるとする悟りの記述がある。

真我とは、人と自分とは、本来一つのもので、別々ではないことを直感している。それは、現われの世界では別々でも、神の子としての心は一つであるということである、とされる。[55]

真我とは、すべての万物は、神の心の中で生かされ、生きているという自覚の「我」です。この場合の「我」は、大我というものであり、慈悲と愛一筋に生きるもの、とされる。「宇宙即我(宇宙と真我とは同一の存在である)」というものは、真我の表れである、とされる。[55]

「神理」に適った努力について[編集]

正法神理に適った勇気と努力を積み重ねてゆくならば、人は、やがて内在された偉大な智慧をひらき、調和ある毎日を送ることができる。[63]

「悟り」には、「悟り」と、「本来的な悟り」とされるものの二種類がある、とされている。一般的には、「宇宙即我の悟り」とも呼べる「大悟」というものを「悟り」と呼んでいる。「本来的な悟り」とは、日常生活において自分が気づいた欠点を修正し、その正した事柄が無理なく行えるようになることであり、これへと精進し続けることを「悟り」とするのである。[64]

反省の瞑想ということが言われている。[65]

「真の悟り」について[編集]

「さとりの道」と「悟り」については、初期仏教を参照。

光の天使により認可された「悟り」には、悪を止めて、善を為す、ということと、自分の心の浄化という要素があった。 「三日ですべての方針を正せ」と、期限をつけられ、天使より迫られた時に、自らの執着を捨て、悪ならば善に変えてやろうと思念することができた。そのときに、天使よりの認可をもらうことができたとされる[66]

自分自身に嘘のつけない善なる心で、人生におけるあなたの思ったこと、行ったことを反省して、もし誤りが見つかったならば、心から神にお詫びをすることだ。そのとき、あなたの心の曇りは晴れ、神の光によって満たされ、あなたは救われるのだ、とされる[67]

人は、早いか遅いかの違いはあれど、全員悟ることができるとされている。[38] [注 16]

心の曇りについて[編集]

神は、人間の心にいつも神の光を注いでいます。しかし、その人が、「自己保存」や「自我我欲」や「増上慢」などを、彼の心に芽生えさせると、雲や、暗い霊囲気に自らの心がおおわれてしまう、とされている[68]

『心の発見』には、180度生き方が変わる前は、人間としての道を求めてゆけども、いつしか、欲望、虚栄、執着に、多くとらわれるようになっていたとされる[69]

その人が常識的に生活しているだけでは、心の曇りは広がってゆき、心には晴れ間がなくなる、とされている。そのため、神の光を心の雲でさえぎらない生活に戻すためには、「反省」する必要があるとされる。

心の曇の量について

各人の心の曇りの量と、各人のあの世の住処の明るさと苦痛の量は、比例しているとされる[70]

心の曇りと地獄

その人が、地獄に行って反省の生存を行うかどうかは、この世での、宗教・宗派の差別化とは、まったく関係ないとされている。

「心行」について[編集]

「心行」には、柱となるものがある[71]

中道について[編集]

「色心不二」という「中道の心」[72]

「偏りのない中道の心」を柱とした実践生活[73]

正しい、「偏りのない中道の生活」を楽しむ[74]

ユートピアについて[編集]

人間は、神仏の子としての使命を果たすために、正法を学び、心と行いの調和を計ってゆくべきである。人間は、互いに協力し合ってよい人間社会を築いてゆくべきである。なぜなら、人間の修行の重要な目的は、この地上に、安らぎと平和なユートピアを完成させることであるためである、とされている。[75]

皆同胞だという仏智に目覚め、人類はやがて、自らの手で、ユートピアにいたるであろうとされている。[76] [77] [注 17]

ユートピアの復興について[編集]

地球上の人類は、はじめのころは、楽園としてのユートピアを具現していたとされる[78]。そして、ユートピアで暮らしていた人間のなれの果てが、混乱を極める現代社会の人間の姿である。ユートピアが破滅した理由は、人間の「業」というものであるとされている。人間の魂は転生輪廻している。その大部分は、転生のたびに新たな業をつくりだしてしまうのが現状であるとされる。そのため、人類は、地上にユートピアを復興する前に、まず、己の「業の輪廻」を修正しなければならなくなった[79] 。その修正を可能にする者が、「人生を因果律によって隈どる神理」を携えた、「次を継ぐ魂」であった[注 18]

世界調和への道[編集]

人類の目的は、文明よりも調和であるとされている[80]

神は全人類の心の中に存在するものであり、己の心を悟れば、近隣人への調和に進み、さらには町や村の調和に、やがては一国家、全世界への調和へと発展しつながってゆくとしている[81]

人間を、この道に導く存在について[編集]

不言の教[編集]

神の啓示は、不言の教として人間に啓示されているとされる。[注 19]

光の天使[編集]

『心の原点』では、光の大指導霊は、人類を導く大指導霊としての役割のほかに、指導霊としての指導や、守護霊としての指導、友人としての交わりなどがあったとされている。

指導霊としての指導[編集]

「在りてある世界(光の世界)」の支配者層に属する天使は、指導霊としての指導も行う。あるとき、真の価値基準を教え、多くの人を救え、と、啓示される。

守護霊としての指導[編集]

あるとき、守護霊は、改心した地獄霊を、光の世界まで導いた、という記述がある。

あるとき、守護霊は、「今、私たち光の天使が説いている法は、人類の多くがかつて過去世で学んできたイエスやゴーダマの神理であった」ということを、語った[82]

この世に住む者を害し、支配する存在[編集]

霊的な現象には、動物霊、地獄霊、魔王、アスラーの低段階な世界から、上上段階の大指導霊の世界まである[83] 。動物霊、地獄霊、魔王、アスラーによる霊的な現象において、それらが自らを神だと自称することが多いとされる。そうした信者が、霊的なものが見えないでそう信じた場合には、低級霊の啓示が、神の啓示であると解釈されている。

心が曇ったままでする禅定は、魔に支配されてしまう場合があるとされている。禅定の時に、心が曇ったままで「自己意識」まで無くそうとする「無念無想の禅定」は、危険であるとされている。

備考[編集]

社会の矛盾と人の生き方について[編集]

世界観・人間観の矛盾について[編集]

光の天使は、おおよそ次のように啓示した。地上界においては、光の天使が過去世で説いた神理は、人々の智と意からの産物により、「塵」に覆われてしまうことになる、というのが常である。「塵」がたまると、人間は人間としての価値を忘れ、不調和な社会にしてしまう。光の天使は偶像化されてしまい、神を商品化して、その中で生活している人が多い。そして、真の神への信仰は「中身のない儀式」となる。こうした「塵」は生活の中に根をおろしてしまっている・・・。これらの啓示から、次のことがわかる。「塵」に覆われた「旧来の信仰・信条」と、「光の天使らの説く神の理」には、多くの相違点や矛盾が生じてしまっている、ということである。それは、「塵」が原因となっている。「自分の宗教」と、「自分以外の人の宗教」の違いは、絶対的なものではない。

女性観について[編集]

男女は平等であるとされている[84][85]

人間の平等について[編集]

光の天使は、「人間は皆、神の子として平等である」、ということを啓示した。光の天使は、啓示した。神の子としての自覚の強い「在りてある世界(光の世界)の人類」は、「人類は皆兄弟である」ことを知っている。人類にはもともと、人種差別はない[86]

倫理観について[編集]

光の天使は、啓示した。人間は、慈悲と愛の心をもって、地上に、ユートピアの完成をするのが使命である。

自宗・他宗との関わり[編集]

光の天使は、啓示した。人は、生まれた環境、習慣、教育、思想を通して、次々と自我が芽生え、自己保存が芽生えてくる。人は、成長するにしたがって、過去世で作り出したカルマという性格が、人生経験を積むほどに出てくるようだ。また、人は、生まれてくる前は、天上界の修行所で、過去世の過ちを反省してきた、とされている。カルマというものは、今生においても、再びの繰り返しで、同じ過ちに陥るように、自我を突き動かしてくる。

神の導きについて[編集]

大自然の法則は、無言の中にも、たえず人間に真理を教えている、とされている。そのことは、神は、観自在の境地に到達した人には聴こえるように、自然の風物の中に、その無言の教えを織り込んでいることを示している。

神の使徒について[編集]

「在りてある世界(光の世界)」の光の大指導霊の一人は、神の使いとして、かつてこの世で、人間としての肉体を持った経験がある、と語ったとされている。神の使徒とは、人間としてこの世に生まれ、そして悟りを開いた存在を意味している。

罪について[編集]

光の天使の啓示では、罪は、一人ひとりの善なる心の問題であるとされる[87]。また、罪を知る前の人間は、神から生かされたままに、安らかに生かされ・生きていたとされる[88]

孤児について[編集]

不幸にして孤児となった子らは神の子である。子らの心の世界に、より暖かい天なる父が、肉体の父母と変わらない愛でつつむであろう、とされている[89]。また、「観自在」の境地に達した人には、次のことが見えるとされている。心の世界には、私たちの魂の兄弟たちがいて、現象界で修行している私たちを、見守っていてくれるとされている[90]

女子教育について[編集]

教育についても、男女の差別はないとされる。しかし、成人と子供の区別は厳然としてあり、親となった人間の役目は、子供が成人し、社会人となって、人間としての道を外さない者になることだとされている[91]。また、子供の魂は、受胎してから3、4ヶ月で肉体に入るとされていて、生まれる以前におろされた魂は、あの世にとんぼ返りするとされる。あの世にとんぼ返りした魂は、幼児の姿をしているとされる。こうした魂は、あの世において、ほかの魂によって、成人するまで育てられるとされている。そのことから、男女を問わず、子供の教育は大変重要であるということができる[92]

死生観について[編集]

個人個人において、心の曇りの多い人は、光輝く世界ではなく、暗い世界にひかれて行くとされる。

世界の矛盾について[編集]

魂について[編集]

光の天使は、次のように啓示した。人間の肉体は、舟のようなものであり、その中に本当の自分は乗っている。本当の自分自身は、死ぬことも生まれることもなく、汚いも綺麗もなく、増えも減りもしない。人間は、永遠の生命なのだ[93]

天国について[編集]

人間は、光の世界において、前世の過ちの反省が終わったのちにこの世に生まれてくるとされている。したがって、人間の、もともとのあの世の住処の場所は、天国とされている。

地獄について[編集]

光の天使は、以下のように啓示した。いかに財産がある者であろうと、地位がある者であっても、執着を持ってしまうと、人の心には、曇りが生じる。そうした人の死後に住み着く場所は、きびしい地獄界である。人間は、先祖や子孫に執着をもちやすく、土地や財産の執着は断ちがたい。人は、肉体の執着に明け暮れていると、先祖の墓や、自宗の寺院に、生まれた家に、住んでいる家に、執着するようになる。そうした人は、ついには、天上界の帰るべき場所まで忘れ、心を束縛して、自らの心の中に地獄界をつくりだしてしまう[70]

終わりの時について[編集]

これまでにも幾度か、人類は心を失い、暗い邪念で神の光をさえぎり、大きな天変地異を体験したと、光の天使は、啓示している。また、光の天使は、人類が他の天体から、この地球に移住してきたと、啓示している。

真理について[編集]

光の天使は、おおよそ次のことがらについて、真理が顕かにされているとしている[54] 。①宇宙と生命の関連。②人間はなぜ生まれてきたのか。③人間の使命とは。④この世とあの世の成り立ちについて。⑤苦楽がつくりだされる原因。⑥意識と心の関係。魂と肉体の次元の違いについて。⑦神の意志と、肉体的本能との関係。⑧人間の死について。⑨物質経済について。⑩「中道の心」について⑪神について。

「善」について[編集]

調和のとれた社会をつくるためには、神の子である人間にも、自分以外の存在への愛や、善なる心がなくてはならない。

神の属性について[編集]

光の天使は、以下のように啓示した。地球というのは、「真の神」の身体における小さな細胞である、と。(そのことより、神は宇宙を創ったことがわかる。そして、宇宙創造のなりたちが、真理であるといえる。そして神は、無料で太陽の光を人類に与え続けている、慈悲深い存在であることがわかる。)また、光の天使は、以下のように啓示した。神の子である人類は、神の子としての慈悲と愛の心をもっている。人類の一人ひとりは、自らの智慧と勇気によって、ユートピアを完成するのが使命である、と。(そのことより、魂の親である神は、慈悲と愛の存在であることがわかる。調和のとれた社会をつくるためにも、神の子である人間は、慈悲の心を持たなければならない。そして、他者とのかかわりにおいて、人間は、善を行う心を持たなくてはならない。)

主な著作[編集]

単著[編集]

  • 『心の原点 失われた仏智の再発見』三宝出版、1973年9月1日、ISBN 4879280062(1980年10月30日、新装改訂版)
  • 『心眼を開く あなたの明日への指針』三宝出版、1974年7月8日、ISBN 4879280097(1980年11月10日、新装改訂版)
  • 『心の指針 苦楽の原点は心にある』三宝出版、1974年1月5日、ISBN 4879280070(1980年11月10日、新装改訂版)
  • 『心の対話 人のことば天のことば』三宝出版、1976年6月21日、ISBN 4879280135(1981年2月15日、新装改訂版)
  • 『人間・釈迦』
    • 1.偉大なる悟り 三宝出版、1973年4月1日、ISBN 4879280046(1980年10月31日、新装改訂版)
    • 2.集い来る縁生の弟子たち 三宝出版、1974年5月5日、ISBN 4879280089(1980年11月20日、新装改訂版)
    • 3.ブッタ・サンガーの生活 三宝出版、1976年11月24日、ISBN 4879280127(1980年12月15日、新装改訂版)
    • 4.カピラの人々の目覚め 三宝出版、1976年11月24日、ISBN 4879280143(1980年12月15日、新装改訂版)
  • 『悪霊』
    • I あなたの心も狙われている 三宝出版、1975年3月10日、ISBN 4879280100(1980年10月25日、新装改訂版)
    • II 心が作る恐怖の世界 三宝出版、1975年7月15日、ISBN 4879280119(1980年10月25日、新装改訂版)
  • 『愛は憎しみを越えて』(『餓鬼道』改題) 三宝出版、1974年、ISBN 4879280151(1979年12月21日改訂第一版、1981年2月15日新装版)
  • 『原説般若心経 内在された叡智の究明』三宝出版、1971年12月15日、ISBN 4879280038(1981年1月15日、新装改訂版)
  • 『心の発見』(『縁生の舟』改題)
    • (現証篇) 三宝出版、1973年4月20日、ISBN 4879280054(1981年1月31日、新装改訂版)
    • (科学篇) 三宝出版、1971年5月10日、ISBN 487928002X(1981年1月31日、新装改訂版)
    • (神理篇) 三宝出版、1971年1月15日、ISBN 4879280011(1982年1月10日、新装改訂版)

共著[編集]

  • 高橋信次(著)、蓬田やすひろ(イラスト)『釈迦物語 天と地のかけ橋』三宝出版、1980年9月、ISBN 487928016X

作詞[編集]

  • 混声二部合唱曲『心の讃歌』

注釈[編集]

  1. 訓練時に戦火が拡大し、そのまま実戦配備も経験したとのことである。『心の発見 現証篇』P23
  2. 毎夜8時になると定期的に呼吸が止まり心臓が停止する状態になる。一時間くらい続くことが何回か繰り返された。6ヶ月ほど続いたという。 『心の発見 現証篇』P11
  3. 神理の会については、自然に集まりできたものだから、誰が参加しても良いし、また去っても良いとした。『心の発見 現証篇』P140
  4. 物質経済文明の高度成長によって、現代社会の人々の多くは心を失っているとし、正しい心を取り戻し、自我我欲の多い心と戦って、真に正しい心の文明を、物質文明の上に築かなければならない、とした。『心の発見 』(科学篇)P47
  5. ここには、「心の心眼を開く」、というのは、霊が見えるということと同義語ではない、という見解が書かれている。『真創世記 地獄編』 祥伝社 高橋佳子 1977年 P150
  6. 不言の教とは、『老子道徳経』のなかで説かれている「道の働き」の中に感得される「不言の教え」のことであるとする見解がある。例えば水を見て、人が何かを学んだとした場合、言葉によって水が無為の教えを教えたわけではないので、言葉を超越した教えであるという意味で、不言の教とする(出典『老子』岩波書店2008年P207 注5 蜂屋邦夫)
  7. 仏智とは、潜在意識の奥底から表面意識へと流れ出した偉大な波動であり、光である、とされている『心の原点』P324
  8. 「観自在の境地」に到達した人の境地が深まると、自己に対する認識も深まり、神の心と一体となった神理に到達し、心の中に神聖な知識が湧出し、神聖な知識を思い出す、とされる。真創世記地獄編P121
  9. このほかに、神仏の命により、地上を光の天使にゆだねられている、という言葉がある、この場合、仏とは、太陽系以上の銀河や銀河団などの意識の枠の大きさを持った存在が、考えられる。
  10. ルミジア大陸、ムー大陸、アトランティス大陸も、文明が栄えるのにしたがって、幾度か人類は心を失い、暗い邪念で神の光をさえぎり、大きな天変地異を体験した、とされた心の原点P51
  11. 「諸仏の教え」が、この宇宙期に起源をもつものであるとすると、「諸仏の教え」は、「超古代文明を生きた仏」の教えであるということができる。プラトンが記述したアトランティス大陸などにも、古代文明を生きた賢者が、「変わることのない宇宙の真理」を悟っていたとする見解もある。(出典『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P51 )。また、初期仏教にでてくる「諸仏の教え(諸々の仏の教え)」が、「この宇宙期以前の仏の教え」であるとするならば、それは「超宇宙期の仏の教え」であるということができる。
  12. 「私たちのグループでは、アトランティス帝国等の過去世の言葉で語りだす人が多い」ということが記されている。『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P208
  13. 観自在の境地とは、いわゆる悟りの境地に至るわけである。ここで心眼がひらいた人の中には、光の天使から直接啓示を受けることのできる人がいるとされる。そして、さらにその人の自覚が進んでゆくと、自己の内側に、失われた仏智の再発見ということが起きる、とされている
  14. また、人間から神に、それに適った光熱費の代金を支払う、ということもありえません。慈悲深い神は、支払いがないからといって、無慈悲な人間がするように、地球を即座に氷結してしまうこともしていません。人間はそのことを自覚し、社会の一員として、報恩の行為と感謝の思いが大切であるとしている。『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P18
  15. 悟った人間は、数億年以上におよぶ過去の転生を思い出すとされている。『心の発見 科学篇』新装改訂版 三宝出版 1971年 P27 『真創世記 地獄編』 祥伝社 高橋佳子 1977年 P121
  16. さとりの道と魂の道の異なる点は、初期仏教で説かれていた「善友」という点である。 それについての解説はないが、魂の兄弟は見えない次元においてそれぞれの人間を見守っているとされている。しかし、彼らは、現実に働きかける力はないとされる。また、時期は明確にされていないが、超越的な結果として、いずれ、人間全員が「悟り」に到達することは間違いない、とされている
  17. 全員が悟り、ユートピアが来ることは、確定的なことであるとされている。人間が、それを心にて想起することは、中道を楽しむことの、一つの要因といえる
  18. 「魂としての邂逅」以前には、人類救済のめどがたっていなかった、とされていた。それは、この業の輪廻の轍から脱け出るすべがなかったことを意味する。
  19. このことに関連したこととして、「サイレントコーリング(試練は神の呼びかけ)」という見解がある(出典『サイレントコーリング』三宝出版 高橋佳子 1991年 P5)ここでは、試練を通して呼びかける者は、光の天使以上の存在が想定されている。試練を通して、大宇宙の神が直接、人間に呼びかけをする場合があると考えられている

脚注[編集]

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  1. a b 沼田 1985, p. 65.
  2. 『心の発見 現証篇』P10
  3. 『心の発見 現証篇』P11
  4. 沼田 1985, pp. 173-174.
  5. 『心の発見 現証篇』P22
  6. 『真創世紀 地獄編』祥伝社 高橋佳子著 1977年 P103
  7. a b 『心の発見 現証篇』P35
  8. 『心の発見 現証篇』P41
  9. 沼田 1985, p. 66.
  10. 沼田 1985, pp. 174-175.
  11. 沼田 1985, p. 175.
  12. a b 出典
  13. a b c 沿革 高電工業公式サイト
  14. a b 『心の発見 現証篇』P49
  15. 宗教情報リサーチセンター
  16. GLAの創立 GLA公式サイト
  17. 『心の発見 現証篇』P140
  18. 1976年GLA誌
  19. 高橋信次先生 - GLA公式サイト
  20. a b 沼田 1985, p. 192.
  21. 長谷 2018, p. 1.
  22. a b 『心の発見 現証篇』P14
  23. 『心の発見 現証篇』P43
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  25. 『魂の発見』高橋佳子著P219
  26. 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「#5」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  27. a b c 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P71
  28. 『魂の冒険』高橋佳子著P83
  29. 『心の発見 』(科学篇)P163
  30. 心の原点P324
  31. a b 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 1973年 P5 (新装版発刊に寄せて 高橋佳子)
  32. a b ようこそGLAへP20
  33. a b c 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P37
  34. 『心の発見 現象篇』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P115
  35. a b 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P72
  36. a b 『心の発見 現象篇』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P102
  37. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P42
  38. a b 『心眼を開く』 三宝出版 1974年 新装改訂版 高橋信次 P220
  39. 『心の発見 科学編』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P156
  40. 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P65
  41. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 表題
  42. 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P11
  43. 心の発見現象篇P191
  44. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P26
  45. 『心眼を開く』 三宝出版 1974年 新装改訂版 高橋信次 P194
  46. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P141
  47. a b 『心の対話』 三宝出版 1976年 新装改訂版 高橋信次 P104
  48. 『心眼を開く』 三宝出版 1974年 新装改訂版 高橋信次 P78
  49. a b 『心の発見 現象篇』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P99
  50. 『心の指針』 三宝出版 1974年 新装改訂版 高橋信次 P151
  51. 『心眼を開く』 三宝出版 1974年 新装改訂版 高橋信次 P79
  52. 『真創世記 地獄編』 祥伝社 高橋佳子 1977年 P30
  53. 『心の発見 現象篇』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P113
  54. a b 『心の発見 現象篇』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P86
  55. a b c 『心の対話』 三宝出版 1976年 新装改訂版 高橋信次 P78
  56. 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P73
  57. 『心の発見 神理篇』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P64
  58. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P324
  59. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P366
  60. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P146
  61. 心の対話P128
  62. 『人間釈迦③』三宝出版 高橋信次 P1
  63. 『心眼を開く』 三宝出版 1974年 新装改訂版 P70
  64. 『心眼を開く』 三宝出版 1974年 新装改訂版 P231 高橋信次
  65. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P346、P168 『心の指針』 三宝出版 1974年 新装改訂版 高橋信次 P124 『心の対話』 三宝出版 1976年 新装改訂版 高橋信次 P22
  66. 『心の発見 現象篇』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P79
  67. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P234
  68. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P105
  69. 『心の発見 現象篇』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P94
  70. a b 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P76
  71. 心の原点P374
  72. 『心眼を開く』 三宝出版 1974年 新装改訂版 高橋信次 P213
  73. 『心の対話』 三宝出版 1976年 新装改訂版 高橋信次 P46 、『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P128、 P129、 P186
  74. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P186
  75. 『心の発見 科学篇』新装改訂版 三宝出版 1971年 P71
  76. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P351
  77. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P362、『心の発見 科学篇』新装改訂版 三宝出版 1971年 P268 、『心眼を開く』 三宝出版 1974年 新装改訂版 高橋信次 P264
  78. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P54
  79. 『人間釈迦 1』三宝出版 1973年 高橋信次 P164
  80. 『悪霊 Ⅰ』 三宝出版 1975年 新装改訂版 高橋信次 P3 、『心の対話』 三宝出版 1976年 新装改訂版 高橋信次 P152
  81. 『心の発見 科学篇』新装改訂版 三宝出版 1971年 P269
  82. 『心の発見 科学篇』新装改訂版 三宝出版 1971年 P90
  83. 『心の発見 現象篇』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P148
  84. 『心眼を開く』 三宝出版 1974年 新装改訂版 高橋信次 P250
  85. 『心の対話』 三宝出版 1976年 新装改訂版 高橋信次 P190
  86. 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P73
  87. 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P72
  88. 『心の対話』 三宝出版 1976年 新装改訂版 高橋信次 P19
  89. 『心の発見 神理篇』新装改訂版 三宝出版 1971年 P67
  90. 『心の原点』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1973年 P109
  91. 『心の対話』 三宝出版 1976年 新装改訂版 高橋信次 P144
  92. 『心の対話』 三宝出版 1976年 新装改訂版 高橋信次 P139
  93. 『原説般若心経』新装改訂版 三宝出版 高橋信次 1971年 P77

関連文献[編集]

  • 高橋信次『心の原点』三宝出版、1973年9月1日、ISBN 4879280062(1980年10月30日、新装改訂版)
  • 高橋信次『心の発見 現証篇』三宝出版、1973年4月20日、ISBN 4879280054(1981年1月31日、新装改訂版)
  • 高橋信次『心の発見 科学篇』三宝出版、1971年5月10日、ISBN 487928002X(1981年1月31日、新装改訂版)
  • 高橋信次『心の発見 神理篇』三宝出版、1971年1月15日、ISBN 4879280011(1982年1月10日、新装改訂版)
  • 高橋信次『心の指針』三宝出版、1974年1月5日、ISBN 4879280070(1980年11月10日、新装改訂版)
  • 高橋信次『心眼を開く』三宝出版、1974年7月8日、ISBN 4879280097(1980年11月10日、新装改訂版)
  • 高橋信次『人間・釈迦 1 偉大なる悟り』三宝出版、1973年、4月1日、ISBN 4879280046(1980年10月31日、新装改訂版)
  • 高橋信次『人間・釈迦 2 集い来る縁生の弟子たち』三宝出版、1974年5月5日、ISBN 4879280089(1980年11月20日、新装改訂版)
  • 高橋信次『原説般若心経 内在された叡智の究明』三宝出版、1971年12月15日、ISBN 4879280038(1981年1月15日、新装改訂版)

外部リンク[編集]