駅そば

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駅そばの例
いろり庵きらく南船橋駅
写真は改札外の出入口だが店内客席が仕切られており、改札内にも出入口がある。

駅そばとは、鉄道駅の改札内外にある立ち食い形式の蕎麦屋。かつては駅ホーム上に店舗を構える例も多かったが、特に大都市圏ではホーム上の駅そばは減少傾向にあり、駅コンコース内に店舗を構えることが増えてきている。

概要[編集]

元祖ファストフードの性格を持つ。

一般的な蕎麦屋とは違い、狭い敷地内でコストを抑え、提供の速さが命となる。単価は安いため、いかに回転率を高め、利益を得ることができるかがカギとなる。

麺類[編集]

蕎麦うどんは、基本的に工場で製造された物を使用することが多い。生麺と違い、一度工場で茹でている「茹で麺」なので店では湯がくだけでいいが、品質は劣り消費期限も短いというデメリットがある。使い果たされなかった麺達は、一度工場に戻され、破棄される。

つゆの味[編集]

地域によって異なる。関東地方では鰹節出汁をとり、濃い口醤油で味をつけるのに対し、関西地方では昆布で出汁をとり、薄口醤油で味をつける。太平洋側での分岐点は豊橋駅とされているが、日本海側では不明。

駅そばの歴史[編集]

1872年(明治5年)に新橋駅横浜駅とを結ぶ鉄道が開通し、路線が延びると駅の待合室などで弁当や蕎麦を売る店が誕生し、そこの蕎麦は「待合い蕎麦」と呼ばれるようになる[1]

1883年(明治16年)には、日本で製麺機が開発され、製粉所・製麺所が台頭し、蕎麦食の産業化が進むようになった[1]

1906年(明治39年)頃、軽井沢駅長万部駅森駅などで、ほぼ同時に「駅そば」の営業が開始された[1]。軽井沢駅では、駅弁として蕎麦を列車内へ持ち込んで食べる仕組みもあった[1]

第二次世界大戦中から戦後にかけて「屋台の蕎麦屋」や「待合い蕎麦」は全て無くなったと考えてよいだろう。老舗の蕎麦屋や町の蕎麦屋においても、蕎麦を打つためのソバ粉も、つなぎに用いる小麦粉も粉もない状況だったである[1]。現在でも姫路駅の名物として知られるまねき食品えきそば」は、戦後の食糧配給性だったこの時代に規制対象外であったコンニャク粉を用いた代用麺による麺料理である[1]

1955年(昭和30年)に、藪伊豆5代目・野川康昌の尽力で、当時国交のなかった中華人民共和国からソバ粉の輸入が行われるようになった[1]。また、GHQを通じて、アメリカ産の小麦粉が大量に日本へ流入するようになった[1]。これにより、日本国内の製粉業や製麺業などが飛躍的に拡大し、大量消費時代へと流れていった[1]

1964年(昭和39年)の東京オリンピックへ向け、日本は高度成長経済が発展していったが、衛生上の問題もあって屋台の蕎麦屋は激減し、代わりに市中に狭小の「立ち食い蕎麦屋」が数多く登場するようになった[1]。これと同時に通勤列車が走る鉄道網の駅にも「駅そば」が展開されることになる[1]。立ち食い蕎麦、駅そばのチェーン店のほとんどは、この時代に誕生している[1]。一例として、1965年(昭和40年)に「名代箱根そば」、1972年(昭和47年)に「名代富士そば」、1974年(昭和49年)に「小諸そば」、1975年(昭和50年)に「そば処かめや」、1980年(昭和55年)に「しぶそば」、1982年(昭和57年)に「ゆで太郎」など[1]

2000年台後半に入り、利用客の減少により駅ホームから撤退する業者があとを絶たない一方、ハンバーガーショップのような店舗を構える駅ソトのそば屋が増加している。

特に地方では、鉄道旅客そのもの減少が緩やかに続いており、これに伴う売り上げの減少から閉店する駅そばも少なくない。しかしながら、駅弁事業者の経営破綻や大手チェーン店などが撤退によって閉業した駅そばを地元の業者が、その土地のニーズに合った小回りの利く運営を行う、いわば大都市集中型から地域密着型となった駅そばの開業も見受けられる[2]

大都市圏では、上述の地方の状況とは異なっている。駅ナカ開発が進んでいることで、駅そばの「ライバル店」が台頭し、列車の直通運転が増えたことで乗り換え機会が減少し乗客の利用機会が減ったこと、ホームドアやエレベーターの設置に伴う駅そば店舗の強制退去がある[3]。従来にあった「ホーム上の駅そば」は姿を消していっているが、代わりに駅のコンコースでの営業となっており、コンコースの駅そばは増加傾向にあるため、実数としては大きな減少は無い[3]。しかし、労働力不足は深刻であり、人員を確保できないため、営業実績は悪くないのに閉店に追い込まれる場合もある[3]。2023年5月には、上野駅常磐線ホームなどに従業員が常駐せず、全自動で調理を行う無人営業の「セルフ駅そば」が開業している[3]

主なブランド[編集]

関東[編集]

JR東日本を中心に生そばを扱ういろり庵きらくそばいちが、小田急電鉄エリア中心を箱根そばが、東急電鉄エリアを中心にしぶそばが勢力を伸ばしている。

関西[編集]

脚注[編集]

  1. a b c d e f g h i j k l m 坂崎仁紀 (2023年4月19日). “現在の「立ち食いそば屋」はどのように発展してきたのか?”. Yahoo!ニュース. 2026年5月22日確認。
  2. 鈴木弘毅 (2023年12月2日). “【駅麺コラム】駅そばのいまとこれからを考える(1)”. たびよみ. 2026年5月22日確認。
  3. a b c d 鈴木弘毅 (2023年12月3日). “【駅麺コラム】駅そばのいまとこれからを考える(2)”. たびよみ. 2026年5月22日確認。

関連項目[編集]