豊原駅 (樺太)
豊原駅(とよはらえき)は、日本統治期の樺太の豊原市(現在のロシアのユジノサハリンスク)にあった鉄道駅である。軍用鉄道のウラジミロフカ駅として設けられ、のちに樺太庁鉄道、鉄道省の駅となった。樺太東線の駅で、豊真線が分岐していた時期がある。旧駅の場所には現在のユジノサハリンスク駅がある[1][2][3]。
歴史[編集]
開業と改称[編集]
1906年、コルサコフ(のちの大泊)とウラジミロフカを結ぶ軌間600ミリメートルの軍用軽便鉄道が開通し、ウラジミロフカ駅が設けられた。路線は樺太庁に引き継がれ、1907年8月1日に一般の旅客・貨物の取り扱いを始めた。1908年4月に豊原駅へ改称し、1910年には軌間を1,067ミリメートルに広げる工事が完了した[4][1]。1911年には路線が豊原から北へ延伸され、小沼を経て栄浜まで通じた[5]。
豊真線の接続と鉄道省への移管[編集]
1925年に豊原駅から鈴谷駅までが開業し、1928年の豊真線全通により、豊原から樺太西岸の真岡方面へ鉄道で行けるようになった。豊真線の列車には真岡を経て北真岡まで運転されるものがあった。また、東海岸線(のちの樺太東線)を小沼まで走り、そこから川上線に入る川上炭山行きの列車も当駅を発着していた[6][7][2][8]。
1943年4月、樺太の内地編入に伴って樺太庁の鉄道事業が鉄道省へ移管され、当駅も同省の管轄となった。1945年7月に豊原と奥鈴谷を直接結んでいた区間の営業が廃止され、豊真線は小沼経由に変わった。同月改正の時刻表には、引き続き豊原と北真岡を結ぶ小沼経由の列車が掲載されている[9][10][2]。
戦後[編集]
1945年に南樺太がソ連軍の占領下に入り、1946年には豊原の街がユジノサハリンスクに改称された。日本統治期の駅舎は戦後も使われ、跡地に建てられた新駅舎は1978年に供用を開始した[11][12][3]。
隣の駅[編集]
脚注[編集]
- ↑ a b 軽便鉄道時代の樺太庁鉄道 時刻表倉庫。
- ↑ a b c d 豊真線 時刻表倉庫(樺太庁鉄道・樺太鉄道局の時刻表などを掲載)。
- ↑ a b Вокзал Южно-Сахалинска(ユジノサハリンスクの鉄道駅) ロシア科学アカデミー・ロシア史研究所資料。
- ↑ 『樺太法令類聚』明治41年 樺太庁、鉄道の運輸営業開始に関する告示。
- ↑ サハリンの鉄道史に関する記事 サハリン旅客会社掲載資料。
- ↑ 鉄道省編『鉄道停車場一覧 昭和12年10月1日現在』 川口印刷所出版部、1937年、樺太庁鉄道の項。
- ↑ 北海道博物館資料目録第4集 資料番号4889・4890「豊真線全通記念」絵葉書。
- ↑ 川上線 時刻表倉庫(樺太鉄道局の時刻表などを掲載)。
- ↑ 樺太庁の組織変遷(1936年12月~1943年4月) アジア歴史資料センター。
- ↑ 樺太のQ&A 全国樺太連盟、「豊真線」の項。
- ↑ 日本-旧外地官庁資料の調べ方:樺太庁 国立国会図書館。
- ↑ Административно-территориальное деление Сахалинской области(サハリン州の行政区画)。
- ↑ 樺太連絡・樺太東線 時刻表倉庫(樺太鉄道局の時刻表などを掲載)。
外部リンク[編集]
- (樺太豊原)豊原駅 - 札幌市中央図書館所蔵の絵葉書(国立国会図書館サーチ)