六軒事故
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六軒事故(ろっけんじこ)は、1956年(昭和31年)10月15日に発生した鉄道事故である。
概要[編集]
事故当日、鳥羽行の下り快速第243列車(C51 203+C53 101牽引。客車9両編成)は所定より遅れて参宮線[1]六軒駅に接近していた。六軒駅の通過信号機は注意信号を現示しており、これは六軒駅の構内で一旦停車しなければならないことを意味していた。しかし243列車の機関士・機関助士は信号を見落として構内に進入。ホーム先端の通票授器にタブレットがなく、出発信号機も停止現示であることに気付いて慌てて非常制動をかけるも止まり切れず、安全側線に突っ込んで停止した。機関車は線路から外れ、畑に転落。しかし客車は本線上にはみ出し、243列車停止からおよそ20秒後、定刻通りに走っていた名古屋行上り快速第246列車(C57 110+C51 172牽引。客車11両編成)がはみ出していた客車に衝突し、これを破壊しながら機関車と客車が脱線転覆した。
下り快速には修学旅行中の高校生が多数乗車しており、事故の犠牲となった。脱線した蒸気機関車から漏れた熱湯を浴びて重度の火傷を負った者もいたという。
事故後[編集]
この事故後、国電区間を中心に運用されていた車内警報装置(現在のATSの前身)を全国の幹線に整備することとし、信号機の自動化や色灯化も進められた。なお車内警報装置の整備進行中に三河島事故が発生し、列車を自動で停止させるATSの整備に切り替えられた。
また蒸気機関車を全廃し、電車・気動車へ全面的に置き換える動力近代化計画を進行する理由付けに「事故の際にボイラーから漏れた熱湯で乗客・乗務員に危険が及ぶ」が付け加えられた。
関連項目[編集]
- 紫雲丸事故 - 国鉄が関係し、修学旅行生が大勢犠牲となった事故。
脚注[編集]
鉄道での事件・事故 |