アブロ
アブロ(A.V. Roe and Company Ltd.、通称Avro)は、かつてイギリスに存在した主要な航空機メーカーである。1910年にアリオット・ヴァードン・ローによって設立され、初期の航空機開発から第二次世界大戦における戦略爆撃機の生産、そしてジェット時代の幕開けに至るまで、イギリス航空史において極めて重要な役割を果たした。特に、第一次世界大戦の主力練習機アブロ 504、第二次世界大戦における傑作爆撃機アブロ ランカスター、そして冷戦期の核抑止を担った戦略爆撃機アブロ バルカンは、同社の代表的な航空機として知られている。アブロはその革新的な設計と堅実な製造により、英国航空産業の発展に大きく貢献した。
歴史[編集]
創業と初期[編集]
アブロは、イギリスの航空パイオニアであるアリオット・ヴァードン・ロー(Sir Alliott Verdon Roe)によって、1910年1月1日にマンチェスターで設立された。これは、世界で初めて航空機製造を目的として登記された企業の一つである。創業当初は、黎明期の航空技術の探求に重点を置き、さまざまな実験的な機体を開発した。その初期の成果の一つが、1912年に初飛行したアブロ Avro Type Fであり、これは世界で初めて密閉型コックピットを備えた航空機であった。
第一次世界大戦[編集]
アブロの名が広く知られるようになったのは、第一次世界大戦においてである。同社が開発したアブロ 504は、その堅牢性と操縦性から、イギリス陸軍航空隊(Royal Flying Corps)およびイギリス海軍航空隊(Royal Naval Air Service)の標準的な練習機として採用された。第一次世界大戦中に多数が生産され、その派生型は戦後も長らく使用され続けた。アブロ 504の成功は、アブロを主要な航空機メーカーとしての地位を確立させた。
戦間期[編集]
第一次世界大戦後、航空機産業は一時的に需要が減退したが、アブロは軍用機と民間機の両方の開発を継続した。この時期には、多用途練習機アブロ アビアンや、双発の哨戒・練習機として成功を収めたアブロ アンソンなどを開発した。特にアブロ アンソンは、第二次世界大戦において多大な貢献をすることになる。1935年には、アブロ社はホーカー・シドレー・グループの一部となるが、そのブランド名は維持された。
第二次世界大戦と黄金期[編集]
アブロの歴史における最も輝かしい時期は、第二次世界大戦中に訪れた。双発爆撃機アブロ マンチェスターのエンジンに問題があったものの、この機体を四発化し、ロールス・ロイス マーリンエンジンを搭載したアブロ ランカスターは、連合軍の勝利に不可欠な役割を果たした。ランカスターは、大容量の爆弾搭載能力と堅牢な構造により、イギリス空軍爆撃機軍団(RAF Bomber Command)の主力となり、対ドイツ戦略爆撃において多大な戦果を挙げた。特に、ダムバスターズのチャスタイズ作戦や、グランドスラム爆弾のような大型爆弾の運用能力は、ランカスターの特筆すべき点である。ランカスターの成功は、アブロ ヨークやアブロ リンカーンといった派生型を生み出した。
戦後の挑戦とジェット時代[編集]
第二次世界大戦後、アブロはジェット時代の到来に合わせ、新たな航空機の開発に着手した。その代表的な成果が、冷戦期のイギリスの核抑止力を担ったVボマーの一角、アブロ バルカンである。バルカンは、特徴的なデルタ翼を持つ戦略爆撃機であり、1952年に初飛行し、長年にわたりイギリス空軍の主力として運用された。また、民間機分野では、ターボプロップ旅客機アブロ 748が開発され、世界中で広く使用された。
再編と終焉[編集]
1960年代に入ると、イギリス航空産業の再編が進み、アブロは1963年にホーカー・シドレー・アビエーションに吸収され、「アブロ」の名称は主要な航空機製造部門から姿を消した。その後、ホーカー・シドレー・アビエーションは1977年にブリティッシュ・エアロスペース(British Aerospace、BAe)の一部となり、さらにBAeは1999年にBAEシステムズとなる。
しかし、「アブロ」の名称は完全に消滅したわけではない。1993年には、BAeの地域ジェット機部門が「アブロ・インターナショナル・エアロスペース」として再編され、BAe 146をベースとしたアブロ RJシリーズを生産した。この会社は1998年に解散したが、アブロの遺産は現代の航空産業にも影響を与え続けている。
主な航空機[編集]
- アブロ 504 - 第一次世界大戦期の練習機
- アブロ アンソン - 戦間期から第二次世界大戦期の多用途機、哨戒機、練習機
- アブロ ランカスター - 第二次世界大戦期の戦略爆撃機
- アブロ リンカーン - 第二次世界大戦後期の重爆撃機
- アブロ ヨーク - 第二次世界大戦期の輸送機
- アブロ シャクルトン - 戦後の海上哨戒機
- アブロ バルカン - 冷戦期の戦略爆撃機、Vボマーの一機
- アブロ 748 - ターボプロップ旅客機
- アブロ RJ - 地域ジェット旅客機シリーズ
豆知識[編集]
- アリオット・ヴァードン・ローは、アブロを設立する前に、イギリスで初めて動力飛行に成功した人物の一人である。
- アブロ ランカスターは、その信頼性と性能の高さから、「アブロ」という名称が航空機の代名詞のように使われることもあったほど、イギリス国民に深く愛された航空機であった。
- アブロ バルカンの開発は極秘裏に進められ、その独特のデルタ翼は当時としては非常に先進的なデザインであった。