アブロ ランカスター

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アブロ ランカスター(Avro Lancaster)は、第二次世界大戦中にイギリスアブロ社が開発・製造した重爆撃機である。その強力な爆弾搭載能力と長大な航続距離により、第二次世界大戦におけるイギリス空軍(RAF)の夜間爆撃作戦において主力を担い、連合国軍の勝利に大きく貢献した機体として広く知られている。

開発と背景[編集]

ランカスターの開発は、先行機であるアブロ マンチェスターの設計を基礎としている。マンチェスターは強力なロールス・ロイス ヴァルチャーエンジンを2基搭載する計画であったが、このエンジンは開発段階から信頼性に問題を抱えており、度重なる故障と出力不足に悩まされた。この問題は、マンチェスターの運用上の大きな足かせとなり、アブロ社は早急な改良を迫られることとなる。

アブロ社の主任設計者であるロイ・チャドウィックは、マンチェスターの機体構造は堅牢で優れた潜在能力を持つと判断し、ヴァルチャーエンジンの問題を解決するのではなく、より信頼性の高いエンジンへの換装を提案した。具体的には、マンチェスターの主翼を再設計し、新たに開発が進められていたロールス・ロイス マーリンエンジンを4基搭載する案が浮上した。マーリンエンジンは、すでにスピットファイアハリケーンといった戦闘機でその信頼性と性能が実証されており、マンチェスターの胴体をほぼそのまま流用し、エンジンの換装とそれに伴う主翼の変更のみで新たな爆撃機を開発する構想であった。この開発プロセスは非常に迅速に進められ、わずか数ヶ月で設計変更が完了した。

試作機であるランカスターMk.Iの初飛行は、1941年1月9日に行われた。試験飛行では、マンチェスターの抱えていた問題が解消され、優れた飛行性能と高い信頼性が確認された。イギリス空軍省は直ちに量産を決定し、ランカスターは急速に部隊配備が進められた。

機体と特徴[編集]

ランカスターは、全長約21m、翼幅約31mの大型機であり、総重量は約30トンに達した。動力には、主にロールス・ロイス マーリンエンジンが搭載され、後期型ではアメリカ製のパッカード マーリンエンジンも採用された。これらのエンジンはそれぞれ1,280馬力から1,620馬力を発生させ、最大速度は時速460kmに達し、航続距離は約4,000kmとされた。

最大の特徴は、その並外れた爆弾搭載能力である。ランカスターは、爆弾倉の設計に工夫が凝らされており、胴体下部に全長10mの巨大な爆弾倉を有していた。これにより、最大で約6,350kg(14,000ポンド)の爆弾を搭載することが可能であった。この搭載能力は、当時の他の爆撃機と比較しても群を抜いており、特に連合国軍が開発したトールボーイ爆弾グランドスラム爆弾といった大型の地中貫通爆弾(地震爆弾)の運用を可能にした唯一の爆撃機であった。これらの大型爆弾は、Uボートの格納壕や橋梁、工場など、強固な防御を持つ目標に対して絶大な効果を発揮した。

防御武装は、当初は比較的軽武装であったが、運用経験を通じて強化されていった。機体上部、機首、機体後部にそれぞれ動力銃座が配置され、合計で8丁から10丁のブローニング M2 機関銃を装備した。特に後方銃座は「テイルガンナー」として知られ、接近するドイツ空軍夜間戦闘機に対する主要な防御手段であった。

運用[編集]

ランカスターは、1942年から本格的に運用が開始され、主にイギリス空軍爆撃機軍団(RAF Bomber Command)の主力機として夜間爆撃作戦に従事した。最初の実戦投入は、1942年3月2日のドイツのエッセンへの夜間爆撃であった。

ランカスターは、その高い爆弾搭載能力と長大な航続距離を活かし、ドイツの主要都市、工業地帯、交通網への戦略爆撃に投入された。特に、ルール地方ベルリンハンブルクなど、ドイツの重要拠点に対する大規模な夜間爆撃作戦では、数百機ものランカスターが参加し、ドイツの戦争遂行能力に壊滅的な打撃を与えた。

特筆すべき運用として、1943年5月に行われたチャスタイズ作戦(Operation Chastise)が挙げられる。この作戦では、特別に改造されたランカスター(「ダムバスターズ」として知られる)が、バーンズ・ウォーリスが開発した特殊な「跳弾爆弾」(バンカーバスターの原型)を搭載し、ドイツのルール・ダムを破壊した。この作戦は、精密爆撃の困難な時代において、驚異的な精度と勇敢さをもって実行され、ランカスターの多用途性と搭乗員の卓越した技量を示すものとして、今日まで語り継がれている。

また、1944年には、ドイツのV兵器計画の阻止を目的としたクロスボウ作戦にも参加し、V-1飛行爆弾の発射施設やV-2ロケットの製造工場への攻撃に従事した。

戦争終盤には、ドイツ海軍戦艦ティルピッツ撃沈作戦にも投入された。この作戦では、上述のトールボーイ爆弾が使用され、堅固な装甲を持つティルピッツを効果的に破壊することに成功した。

ランカスターは、イギリス空軍以外にもカナダ空軍オーストラリア空軍ニュージーランド空軍ポーランド空軍など、多くの連合国軍の空軍で運用された。戦争終結までに合計7,377機が生産され、約156,000回の作戦飛行を行い、60万トン以上の爆弾を投下したとされる。その任務遂行中に約3,249機が失われ、約21,000人の搭乗員が犠牲となった。これは、第二次世界大戦における爆撃機としては最も高い損失率の一つであったが、ランカスターが常に危険な任務に従事していたことを物語っている。

戦後、残存する多くのランカスターは、輸送機や偵察機、洋上哨戒機などに改造され、引き続き運用された。特にカナダ空軍では、アブロ リンカーンと共にア1963年まで現役で運用された。

バリエーション[編集]

  • ランカスター B.I:初期生産型。ロールス・ロイス マーリンXXエンジンを搭載。
  • ランカスター B.I (スペシャル)跳弾爆弾や大型爆弾(トールボーイ爆弾グランドスラム爆弾)の搭載のために改造された機体。爆弾倉の扉が撤去されたり、機首銃座が撤去されたりした。
  • ランカスター B.II:マーリンエンジンの不足を補うため、ブリストル ハーキュリーズ空冷エンジンを搭載した型。少数のみ生産された。
  • ランカスター B.III:パッカード マーリン28または38エンジンを搭載した主要生産型。B.Iとの外見上の違いはほとんどない。
  • ランカスター B.VI:高出力のマーリン85エンジンを搭載し、高高度性能を向上させた試作機。
  • ランカスター B.VII:動力銃座が改良され、特に後方銃座の防御力が強化された後期生産型。
  • ランカスター X (B.X):カナダのビクトリー・エアクラフトでライセンス生産された型。主にパッカード マーリンエンジンを搭載し、カナダ空軍で運用された。

現存機[編集]

現在、世界中で数機のアブロ ランカスターが動態保存されており、航空ショーなどでその姿を見ることができる。特にイギリス空軍の「バトル・オブ・ブリテン記念飛行隊」が保有するランカスターと、カナダ空軍遺産飛行隊が保有するランカスターは、定期的に飛行展示を行っている貴重な機体である。その他、多くの博物館に静態保存されている機体が存在する。

豆知識[編集]

  • ランカスターの爆弾倉は、その巨大さゆえに「ドアがなくても爆弾を落とせる」と揶揄されることがあった。実際には爆弾倉扉はあったが、大型爆弾搭載時には取り外されることも多かった。
  • 「ダムバスターズ」として知られるチャスタイズ作戦のランカスターは、爆弾の投下高度を正確に維持するために、2つのスポットライトが収束する位置で爆弾を投下するユニークな方法が用いられた。
  • ランカスターの搭乗員は、パイロット、航法士、爆撃手、無線士、航空機関士、前方銃手、後方銃手(テイルガンナー)の7名が標準であった。彼らは常に死と隣り合わせの危険な任務に就いていた。

関連項目[編集]