アブロ 504
アブロ 504 (英語: Avro 504) は、第一次世界大戦期にイギリスの航空機メーカーであるアブロ社が開発し、生産した複葉機である。主に練習機として広く用いられたが、初期には偵察機や軽爆撃機としても運用された。その信頼性と操縦性の良さから、大戦を通じて多数が生産され、戦後も長きにわたり多くの国で使用された航空史に残る傑作機である。
開発と設計[編集]
アブロ 504は、アブロ社でアリー・ヴェル・ローによって設計された。前作のアブロ 500をベースに、より大型で強力なエンジンを搭載するように設計された。機体構造は木製骨組みに羽布張りという当時の標準的なもので、主翼は二葉複葉(バイプレーン)形式を採用していた。
最初の試作機は1913年9月18日に初飛行を行った。当初はノーム・ロン 7ラムダ 80馬力ロータリーエンジンを搭載していたが、後に様々なエンジンが搭載されることとなる。飛行性能は良好で、安定性と操縦性に優れていたことから、すぐに軍の注目を集めた。
運用史[編集]
第一次世界大戦[編集]
アブロ 504は、1914年の第一次世界大戦勃発とともに、イギリス陸軍航空隊 (RFC) とイギリス海軍航空隊 (RNAS) で運用が開始された。当初は偵察機や軽爆撃機として前線に投入されたが、その低速性と脆弱性から、すぐにフォッカー アインデッカーなどの新型戦闘機に太刀打ちできなくなり、主たる任務は練習機へと移行していった。
練習機としては、その安定した飛行特性と堅牢な構造から、非常に優れた機体であると評価された。多くのパイロットがアブロ 504で飛行技術を習得し、戦線の空へと飛び立っていった。また、ごく初期には、少数機が爆撃任務に投入された例もある。特に有名なのは、1914年11月21日、RNASの3機のアブロ 504がフリードリヒスハーフェンのツェッペリン飛行船基地を爆撃した任務である。これは、第一次世界大戦における初の戦略爆撃の一つとして知られている。
大戦末期には、ドイツの夜間爆撃機に対抗するため、夜間戦闘機として武装された型も少数ながら運用された。これらの機体は、ルイス機関銃を装備し、探照灯の支援を受けて運用された。
戦間期と戦後[編集]
第一次世界大戦終結後も、アブロ 504は各国で練習機として広く使用され続けた。特にイギリスでは、イギリス空軍の標準的な基本練習機として、1932年にデ・ハビランド タイガー・モスに置き換えられるまで、長年にわたってその役割を担った。
また、アブロ 504は、カナダ、オーストラリア、ベルギー、チリ、デンマーク、エストニア、フィンランド、ギリシャ、インド、アイルランド、日本、リトアニア、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ノルウェー、ペルー、ポーランド、ポルトガル、ロシア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイス、タイ、アメリカ合衆国など、世界中の多くの国に輸出またはライセンス生産された。特に日本では、中島飛行機(後のスバルの前身の一つ)でライセンス生産され、「中島アブロ式練習機」として広く普及した。
アブロ 504の最後の軍事運用は、一部の国で第二次世界大戦初期まで続いた。例えば、南アフリカ空軍では、1940年まで現役で練習機として使用されていた記録がある。
主要な派生型[編集]
アブロ 504は、その長い生産期間中に、様々なエンジンや装備の変更によって多数の派生型が生まれた。主なものを以下に示す。
- アブロ 504A:最初の量産型。
- アブロ 504B:主に海軍航空隊向けに、より大型の燃料タンクを装備した型。
- アブロ 504C:水上機型。フロートを装備。
- アブロ 504D:単座練習機型。
- アブロ 504E:主にアメリカ合衆国向けに、より強力なエンジンを搭載した型。
- アブロ 504F:ロールス・ロイス ホークエンジンを搭載した型。少数のみ生産。
- アブロ 504G:主翼を改修した型。
- アブロ 504H:水上機型。アブロ 504Cの改良型。
- アブロ 504J:ノーム・ロン 100馬力ロータリーエンジンを搭載した型。最も広く普及した練習機型の一つ。
- アブロ 504K:複座練習機として最も普及した型。多数のエンジンを搭載可能にするために、ユニバーサル・エンジンマウントが採用された。戦後も民間機として広く利用された。
- アブロ 504L:水上機型。主にカナダで使用された。
- アブロ 504M:複座戦闘機型。機関銃を装備。
- アブロ 504N:アームストロング・シドレー リンクスエンジンを搭載した近代化型。1925年に初飛行。イギリス空軍で、旧式の504Kを置き換える形で使用された。
- アブロ 504P:アブロ 504Nの派生型。
- アブロ 504Q:3座キャビンを特徴とする民間旅客機型。
- アブロ 504R (ゴスホーク):金属製構造を採用した近代化型。試作のみ。
- アブロ 504S:日本でライセンス生産された型。
- アブロ 504T:複座訓練機。
- アブロ 504V:偵察機型。
- アブロ 504W:夜間偵察機型。
- アブロ 504X:単座訓練機。
- アブロ 504Y:複座偵察機。
- アブロ 504Z:水上機型。
特徴[編集]
アブロ 504は、その頑丈な構造と良好な操縦性により、初心者パイロットの訓練に最適であった。主翼には「アブロウィング」と呼ばれる独自の翼型が採用されており、低速での安定性に貢献していた。また、多くのエンジンを搭載できるように設計されたことで、エンジンの供給状況に左右されずに生産を継続できたことも、大量生産に繋がった要因の一つである。
現存機[編集]
現在でも、世界中の航空博物館に多数のアブロ 504の現存機が保存されている。一部の機体は飛行可能な状態にレストアされており、航空ショーなどでその姿を見ることができる。イギリスのロイヤル・エア・フォース・ミュージアムやダックスフォード帝国戦争博物館には、重要なコレクションとして収蔵されている。
豆知識[編集]
- アブロ 504は、第一次世界大戦において、イギリスの単一航空機モデルとしては最も多く生産された機体である。
- 飛行訓練中にアブロ 504のエンジンが停止した場合、訓練生は教官とともに機体を安全に着陸させるよう指導されたという。その高いグライド性能は、エンジントラブル時でも安全に着陸できる余裕を与えた。
- 日本でライセンス生産された「中島アブロ式練習機」は、零式艦上戦闘機などの開発で知られる堀越二郎も、設計者としてキャリアの初期に携わっていたとされている。
- イギリス空軍では、アブロ 504を「ジュビリー」と愛称で呼ぶことがあった。
関連項目[編集]
参考書籍[編集]
- Jackson, A.J. Avro Aircraft since 1908. London: Putnam Aeronautical Books, 1990.
- Mason, Francis K. The British Bomber Since 1914. London: Putnam Aeronautical Books, 1994.
- 平田光夫「アブロ 504」『世界航空機年鑑 1914-1918』酣燈社、1970年。