アブロ・バルカン
アブロ・バルカン(英語: Avro Vulcan)は、イギリスのアブロ社が開発し、イギリス空軍で運用された戦略爆撃機である。冷戦期におけるイギリスの核抑止力の一翼を担った「3Vボマー」の一角を成し、特徴的なデルタ翼を持つことで知られる。
開発[編集]
第二次世界大戦後、イギリスは核兵器開発を進める一方で、その運搬手段となる長距離爆撃機の必要性を認識した。1947年にイギリス航空省が提示した要求仕様B.35/46に基づき、アブロ社はタイプ698として開発に着手した。当初は垂直尾翼を持たない完全な無尾翼デルタ機も検討されたが、最終的には大型のデルタ翼に垂直尾翼を追加した形態に落ち着いた。1952年8月30日に試作機が初飛行に成功し、「バルカン」と命名された。改良型のバルカンB.2は、より大型の主翼と強力なエンジンを搭載し、1960年から部隊配備が開始された。
設計[編集]
バルカンの最も特徴的な点は、その巨大なデルタ翼である。この翼は、高高度での高速飛行性能と、優れた低速安定性を両立させることを目指して設計された。主翼内部には大量の燃料を搭載可能であり、長大な航続距離を確保した。初期の機体は高々度侵攻を想定していたが、ソ連の防空網の発達に伴い、1960年代半ばからは低空侵攻に戦術が変更された。これに対応するため、地形追随レーダーや電子妨害装置が追加された。操縦系統には電気油圧式のフライトコントロールユニットが導入され、操縦士の負担を軽減した。エンジンは当初ロールス・ロイス・オリンパス初期型が搭載されたが、B.2型ではより推力の高いオリンパス301が採用された。コックピットからの後方視界は皆無であったため、テレビモニターやペリスコープが設けられた。
機体諸元 (バルカン B.2)[編集]
- 乗員: 5名 (操縦士2名、航法士、レーダー手、電子戦士)
- 全長: 30.3m
- 全幅: 33.8m
- 全高: 7.9m
- 翼面積: 368.3m²
- 空虚重量: 37,908kg
- 最大離陸重量: 113,398kg
- エンジン: ロールス・ロイス・オリンパス Mk.301 ターボファンエンジン × 4基
- 推力: 各 20,000 lbf (89 kN)
- 最大速度: マッハ 0.96 (高高度時 1,040km/h)
- 巡航速度: 971km/h
- 航続距離: 7,408km (フェリー時)
- 実用上昇限度: 16,760m (55,000ft)
- 武装:
- 爆弾倉: 最大 9,500 kg (21,000 lb) の爆弾搭載能力
- 核爆弾: ブルー・スティール空対地ミサイル、WE.177核爆弾など
- 通常爆弾: 450 kg (1,000 lb) 爆弾 × 21発
- 爆弾倉: 最大 9,500 kg (21,000 lb) の爆弾搭載能力
運用[編集]
バルカンは1956年にイギリス空軍に引き渡され、1957年に第83飛行隊で最初の運用が開始された。主に核抑止任務に従事し、ソ連への核攻撃に備えて常時待機状態にあった。1960年代半ば以降は、低空侵攻に戦術が変更され、迷彩塗装が施された。
バルカンが実戦に参加したのは、1982年のフォークランド紛争である。アルゼンチン軍に対する長距離爆撃作戦「ブラック・バック作戦」に投入され、アセンション島からフォークランド諸島までの往復12,000kmにも及ぶ長距離飛行を敢行し、ポートスタンリー飛行場の滑走路を爆撃した。これは当時の世界最長爆撃任務の一つとして記録されている。
退役[編集]
1980年代に入ると、核抑止任務は潜水艦発射弾道ミサイルに移行し、バルカンの戦略爆撃機としての役割は減少した。1984年にほとんどの機体が退役し、少数の機体が空中給油機(バルカンK.2)として転用された後、1993年に全てのバルカンが退役した。しかし、XH558号機はデモンストレーション機として民間の手で維持され、2015年まで飛行を続け、多くの航空ファンを魅了した。
意義[編集]
アブロ・バルカンは、イギリス航空産業の技術力の象徴として、また冷戦期の歴史を彩る機体として、その名を残している。その革新的なデルタ翼設計は、後の航空機開発にも影響を与えたとされる。特にフォークランド紛争における活躍は、その戦術的価値を再認識させ、イギリス国民の記憶に深く刻まれている。独特のエンジン音と優雅な飛行姿勢から、今なお根強い人気を誇る機体である。
豆知識[編集]
- バルカンは、そのエンジン音から「バルカン・ハウル(Vulcan Howl)」と呼ばれる独特のうなり声をあげたことで有名である。これは、空気取り入れ口の設計に起因すると言われている。
- デルタ翼の特性上、低速での飛行性能も優れており、ファーンボロー航空ショーでは離陸直後にバレルロールを披露し、観客を驚かせたことがある。