M18 ヘルキャット 駆逐戦車

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M18 ヘルキャット(M18 Hellcat)は、第二次世界大戦中にアメリカ合衆国で開発・生産された駆逐戦車である。その圧倒的な高速性能から、「ヘルキャット」(地獄のネコ)の愛称で知られ、連合軍の駆逐戦車の中でも特に特異な存在であった。

開発経緯[編集]

アメリカ陸軍は、1941年真珠湾攻撃によって第二次世界大戦に参戦した後、ドイツ国防軍電撃戦における戦車の脅威を認識し、対戦車戦闘に特化した車両の開発を急務とした。当初はM10駆逐戦車が開発されたが、より高速で強力な火力を持つ車両の必要性が浮上した。

M18の開発は1942年に開始された。当時、アメリカ陸軍は高速かつ機動力の高い駆逐戦車を重視しており、巡航戦車的な思想に基づいて設計が進められた。当初はクリスティー式サスペンションを搭載する計画もあったが、生産性の問題から最終的にトーションバー・サスペンションが採用された。車体には軽量化のため、薄い装甲とオープントップの砲塔が採用され、結果として驚異的な高速性能を実現した。主砲には当時開発中であった76mm砲 M1A1が選定され、これにより従来のM10よりも優れた対戦車能力が付与されることになった。

最初の試作車は1943年1月に完成し、M18の制式名称が与えられた。同年7月には量産が開始され、1944年10月までに合計2,507輌が生産された。

設計と特徴[編集]

M18 ヘルキャットの最大の特徴は、その並外れた機動力にある。最高速度は路上で88 km/hに達し、これは第二次世界大戦中のいかなる戦車よりも高速であった。この高速性は、軽量な車体と強力なコンチネンタル R-975-C1星形9気筒ガソリンエンジンの組み合わせによって実現された。トランスミッションは、当時としては先進的なトルクコンバーターを備えた3速オートマチックであった。

装甲は、防御よりも機動性を優先した結果として非常に薄く、最大でも12.7 mmに過ぎなかった。これは機関銃弾や小口径砲弾に対する防御力しかなく、敵戦車の主砲弾が直撃すれば容易に貫通されることを意味した。防御力の低さは、その高速性によって敵の攻撃を回避することを前提としていた。

主武装は76mm砲 M1A1で、これはM4シャーマン戦車の初期型に搭載された75mm砲よりも貫徹力が高く、当時のドイツ国防軍ティーガーIパンターに対してもある程度の効果が期待できた。砲塔は360度旋回可能なオープントップ型で、これは軽量化と広い視界の確保に貢献したが、乗員が砲弾や破片、狙撃兵の攻撃に晒されるという欠点もあった。副武装として、砲塔上部にブローニングM2重機関銃が1挺装備されていた。

内部配置は、前方右側に操縦士、左側に副操縦士、中央に砲塔、後方にエンジンという典型的なレイアウトであった。オープントップの砲塔内部には、砲手、装填手、車長が配置された。

戦歴[編集]

M18 ヘルキャットは1944年半ばからヨーロッパ戦線に投入され、ノルマンディー上陸作戦後のフランスにおける戦闘で初めて実戦を経験した。その高速性は、敵の側面や後方に回り込み、奇襲攻撃を仕掛けるという駆逐戦車の戦術を可能にした。

特に、アルデンヌ攻勢バルジの戦い)においては、ドイツ軍のティーガーIIなどの重戦車に対抗するために、その機動性が大いに活用された。M18は、その高速性能を生かして一撃離脱戦法を展開し、敵戦車に損害を与えつつ自らの被害を最小限に抑えることに成功した。しかし、薄い装甲は依然として大きな弱点であり、待ち伏せ攻撃や不意打ちを受けると容易に撃破された。

M18はヨーロッパ戦線だけでなく、イタリア戦線太平洋戦線の一部でも使用された。太平洋戦線では、その高速性よりも対日本軍戦車に対する火力と、トーチカや陣地に対する支援射撃能力が評価された。

第二次世界大戦終結後、M18 ヘルキャットはアメリカ軍からは急速に退役したが、その一部は他国に供与され、ユーゴスラビア紛争など、比較的後年の紛争でも使用された例がある。

バリエーション[編集]

  • T70:M18の試作名称。
  • M18:量産型。
  • M39装甲多目的車:M18の車体を流用して開発された装甲兵員輸送車、弾薬運搬車、火砲牽引車。砲塔を撤去し、上部を装甲板で覆った。
  • 76mm Gun Motor Carriage M18A1:計画のみ。

運用国[編集]

豆知識[編集]

  • M18 ヘルキャットは、その高速性から「スプリングフィールドのスポーツカー」とも呼ばれた。
  • 駆逐戦車としては珍しく、砲塔の旋回速度が非常に速かったため、敵を捉えやすいという利点があった。
  • M18は、特に森林地帯や狭い道路での移動において、その小型軽量な特性が重宝された。
  • 第二次世界大戦中にアメリカ軍が開発した車両の中では、最高速度が最も速い装甲車両の一つである。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • Zaloga, Steven J. M18 Hellcat Tank Destroyer 1943–97. Osprey Publishing, 2004.
  • Hunnicutt, R. P. Sherman: A History of the American Medium Tank. Presidio Press, 1976.
  • スティーブン・ザロガ 著, 大高 淑 訳『M18ヘルキャット駆逐戦車 1943-1997』大日本絵画、2005年。