条約型空母
条約型空母とは、ワシントン海軍軍縮条約およびロンドン海軍軍縮条約によって定められた、航空母艦の保有制限枠内で建造された空母の総称である。
概要[編集]
第一次世界大戦後、列強各国による建艦競争の激化を防ぐため、1922年にワシントン海軍軍縮条約が締結された。この条約では、主力艦(戦艦・巡洋戦艦)の保有トン数に上限が設けられるとともに、航空母艦についても保有トン数と個艦の最大排水量が規定された。具体的には、航空母艦の総保有トン数はアメリカ合衆国とイギリスがそれぞれ13万5,000トン、日本が8万1,000トン、フランスとイタリアが6万トンと定められ、個艦の最大排水量は2万7,000トンとされた(ただし、既存の主力艦を空母に改装する場合に限り、最大3万3,000トンまで許容された)。
さらに1930年にはロンドン海軍軍縮条約が締結され、航空母艦を含む補助艦艇の保有制限が強化された。これらの条約によって、各国は保有できる航空母艦の数や大きさに厳しい制約を受けることとなり、この制限内で最大限の能力を発揮できるよう設計された空母が「条約型空母」と呼ばれるようになった。
各国の条約型空母[編集]
大日本帝国海軍[編集]
大日本帝国海軍は、ワシントン条約における保有枠8万1,000トンの制約の中で、いかに強力な空母戦力を整備するかが課題となった。このため、個艦の能力を最大限に引き出す設計が追求された。
- 鳳翔:ワシントン条約締結以前に竣工した日本初の正規空母であり、その後の条約型空母の設計に影響を与えた。
- 赤城・加賀:天城型巡洋戦艦・加賀型戦艦を改装したもので、条約の特例(3万3,000トンまで許容)を利用した大型空母である。この2隻は日本の主力空母として運用された。
- 龍驤:条約の制限下で多数の航空機を搭載できるよう、小型ながらも格納庫を2層にするなどの工夫が凝らされた。
- 蒼龍・飛龍:ロンドン条約失効を睨みつつ、条約制限内で最大限の速力と搭載機数を両立させることを目指して建造された。これらは後の翔鶴型へと繋がる設計の基礎となった。
アメリカ海軍[編集]
アメリカ海軍は、ワシントン条約における保有枠13万5,000トンの中で、大型空母と中型空母をバランス良く保有する方針を採った。
- レキシントン級(レキシントン、サラトガ):レキシントン級巡洋戦艦を改装したもので、条約の特例を利用した大型空母である。初期のアメリカ海軍空母戦力の中核を担った。
- レンジャー:条約制限内で設計されたアメリカ海軍初の正規空母である。搭載機数は少ないものの、運用効率を重視した設計がなされた。
- ヨークタウン級(ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネット):条約失効を見越して建造が進められた空母であり、後のエセックス級に繋がる汎用性の高い設計が特徴である。
イギリス海軍[編集]
イギリス海軍も、アメリカ海軍と同等の保有枠13万5,000トンの中で、空母戦力の拡充を進めた。
- フューリアス、グローリアス、カレイジャス:カレイジャス級巡洋戦艦を改装したもので、当初は実験的な要素が強かったが、後に本格的な空母として運用された。
- アーク・ロイヤル:条約制限内で設計された正規空母であり、格納庫を装甲化するなどの防御力強化が図られた。この設計思想は後のイラストリアス級へと発展した。
フランス海軍[編集]
フランス海軍は、保有枠6万トンの制約の中で、既存艦の改装と新造空母の計画を進めた。
- ベアルン:未完成のノルマンディー級戦艦を改装したもので、フランス海軍唯一の正規空母として運用された。
条約の影響と限界[編集]
条約による制限は、各国に創意工夫を促し、効率的な空母設計の発展に寄与した側面もある。しかし、一方で、排水量や航空機搭載数に制約が課されたことで、個艦の能力には限界が生じた。例えば、搭載機数を増やすために格納庫を多層にする、あるいは防御力を犠牲にするなどのトレードオフが生じ、設計思想に大きな影響を与えた。
特に、第二次世界大戦が勃発し、軍縮条約が事実上失効すると、各国は条約の呪縛から解き放たれ、より大型で強力な空母を建造するようになった。これにより、「条約型空母」という概念は役割を終え、その後の空母の設計思想は大きく変化していくこととなる。
豆知識[編集]
「条約型空母」という言葉は、しばしば日本の海軍休日時代の艦艇、特に巡洋艦や駆逐艦の設計にも用いられる「条約型」という表現と同様に、軍縮条約の制約下で設計された艦艇全般を指すことがある。しかし、空母の場合、その建造費や建造期間の長さから、条約の影響が特に顕著に表れた。
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- 福井静夫『写真 日本海軍全艦艇史』ベストセラーズ、1994年。
- 岡本篤『世界の航空母艦パーフェクトガイド』イカロス出版、2020年。