三陸鉄道36-100形気動車
三陸鉄道36-100形気動車は、1984年(昭和59年)に登場した三陸鉄道の普通列車用気動車である。
概要[編集]
1984年に三陸鉄道北リアス線と南リアス線が開業した時に新製導入された車両であり、1983年11月から1984年1月にかけて、36-100形と36-200形計16両が富士重工業および新潟鐵工所にて製造された。また、1985年にも3両が増備された。
形式名称に「36」が付いているのは、「さん、りく」の語呂合わせである。なお、この語呂合わせは現在の車両まで継続して使用されている。
機器類は国鉄キハ37形気動車のものをベースとしている。当時、第三セクター鉄道が低コストなレールバスやNDCタイプの車両を導入していたのに対し、乗車時間が長い、ポイント通過速度が低い、海沿いを長く走るため腐食しやすいなどの理由から、国鉄気動車をベースとした車両を導入することにした。
構造[編集]
車体・塗装[編集]
この節はまだ執筆途中です。加筆、訂正して下さる協力者を募集中!
車体塗装は、白地に赤色で「三陸」の「三」を3本線で表し、アクセントカラーを青として、白、赤、青の配色がなされている。この配色も、現在の車両まで引き継がれている。
18m級の2扉車両である。
車内[編集]
車内はセミクロスシート配置となっている。同型車両の36-200形にはジュースの自動販売機が設置されている。
セミクロスシートは、混雑防止のため千鳥配置となっている。
トイレは、循環汚物処理装置付きのものを装備している。また、乗務員室の機器配置は国鉄一般形気動車に準じている。
ワンマン運転対応装置[編集]
この節はまだ執筆途中です。加筆、訂正して下さる協力者を募集中!
ワンマン運転に対応しており、前降り前乗り方式であるためワンマン運転時には車両後部の扉が締め切られる。マイコン制御式自動両替機付き運賃箱、整理券発行機、ルームミラーなどが設置されている。
走行装置[編集]
キハ37に準じた縦型の6L13ASを搭載し、出力は230psとされる。台車はDT22の設計を基本としたNP116D・NP116Tを搭載。
ブレーキ方式は自動空気ブレーキとされた。
36-200形[編集]
36-100形をベースとし、36-201号車から36-209号車の9両が製造された。基本的には36-100形と同じ構造となっているが、車内にジュースの自販機が設置されている。なお、一般気動車に自販機が設置されているのは非常に珍しい例となっている。このため、自重が36-100形の31.1tから31.4tに増加している。一部車両は、座席配置が異なっている。
改造[編集]
エンジン換装[編集]
1995 - 99年の冷房化にあたりエンジンをDMF13HZに交換したが、空転防止のため330psのフルパワーでは使用されず300psに落とされた。
その後のATS交換により台車もボルスタレス台車に交換されたため、エンジン出力も本来の330psで使用されるようになった。
36-1100形・1200形[編集]
36-100形、36-200形をそれぞれリクライニングシート車両に改造したもので、前者は3両、後者は2両用意された。36-1100形は青塗装、36-1200形は赤塗装が特徴。2009年に36-1200形全2両を含む3両がミャンマーに送られた以外は2013年に廃車、こちらも2015年にミャンマーに渡っている。なお、ミャンマーではそのリクライニングシートを活かして視察用車両として使われている。
36-2100形[編集]
36-110を改造したお座敷車両。2013年にはあまちゃんの経済効果の影響で運転頻度か多かった。2016年除籍。
今は、日本のどこか[1]で静かに暮らしている。
廃車[編集]
2016年までに改造車含む11両が除籍され、2026年現在は36-100形、36-200形各4両の合計8両が在籍する。一般車はの除籍はすべて事故廃車で、1994年の2両は転覆事故、2011年の3両は東日本大震災の津波による冠水が原因で廃車された。
運用[編集]
三陸鉄道リアス線全線で見かけるが、電気指令式ブレーキを採用した36-Z形、36-R形、36-700形とは併結ができないためこれらと別の運用が組まれている。
かつて存在した36-500形、36-600形とは併結運転が可能であった。
今後[編集]
車齢は40年をオーバーしており、塩害も著しい状況ではあるが今のところ置き換え計画はない。しかし、数年以内にGreenDEC車両やキハ100・110の中古あたりで置き換えが発表されても不思議ではないものと思われる。
補足[編集]
- ↑ 新潟トランシス