ヴェルナー・フォン・ブラウン
ヴェルナー・フォン・ブラウン(Wernher von Braun、1912年3月23日 - 1977年6月16日)は、ドイツ及びアメリカ合衆国のロケット技術者。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツにおいてV2ロケットの開発に主導的な役割を果たし、戦後はアメリカ合衆国に渡り、同国の宇宙開発計画の要石として活躍した。月面着陸を達成したアポロ計画におけるサターンVロケットの開発責任者を務めたことで知られる。
略歴[編集]
初期[編集]
1912年3月23日、プロイセン王国 ポゼナン管区のヴィルシッツ(現 ポーランド ヴィルシッツ (ポモージェ県))に生まれる。父は農村地主で政治家のマグヌス・フォン・ブラウン男爵、母はエムミー・フォン・ブラウン。貴族の家系である。
少年時代から宇宙やロケットに強い関心を持ち、ベルリン工科大学で機械工学を、その後ベルリン大学で物理学を学んだ。この頃から、ロケットのパイオニアであるヘルマン・オーベルトの研究室に出入りし、液体燃料ロケットの研究に没頭する。
1934年、ベルリン大学で物理学の博士号を取得。論文テーマは「液体燃料ロケットの燃焼現象に関する理論的・実験的研究」。
ナチス・ドイツ時代[編集]
1932年、ドイツ陸軍のロケット開発計画に参加。当初は小規模な研究グループであったが、1933年のナチス党政権掌握後、ロケット技術の軍事的重要性に着目したドイツ陸軍は、ペーネミュンデ陸軍兵器実験場を設立し、大規模な研究開発を行うことになる。フォン・ブラウンはペーネミュンデの技術部門を統括し、V2ロケット(正式名称:A4)の開発を主導した。
V2ロケットは、世界初の実用的な弾道ミサイルであり、第二次世界大戦末期にロンドンなどに対して発射された。その開発は、強制労働によって支えられたという負の側面も持つ。
1937年、ナチス党に入党。1940年には親衛隊(SS)に入隊し、最終的にはSS少佐の階級まで昇進した。これらの経歴は、戦後も彼に対する倫理的な批判の対象となった。
アメリカ合衆国への移送と初期の活動[編集]
第二次世界大戦末期、ドイツの敗色が濃厚となる中、フォン・ブラウンは部下やV2ロケットの設計図、試作品などとともにアメリカ合衆国への投降を決意。1945年5月、フォン・ブラウンを含む主要なロケット技術者たちは、アメリカ軍の「ペーパークリップ作戦」によってアメリカ合衆国に秘密裏に移送された。
彼らは、テキサス州のフォート・ブリス、次いでアラバマ州のレッドストーン兵器廠で、ドイツで培ったロケット技術をアメリカ軍に提供し、ミサイル開発に従事した。初期には、V2ロケットを改良したレッドストーンロケットの開発を主導した。
NASA時代とアポロ計画[編集]
1958年、NASAが設立されると、フォン・ブラウンとそのチームはNASAに移籍し、マーシャル宇宙飛行センターの初代所長に就任した。彼らは、ソ連との宇宙開発競争においてアメリカの優位を確立するため、大型ロケットの開発に尽力した。
特に、アポロ計画における月面着陸を実現するために開発された超大型ロケットサターンVのチーフ設計者として、その成功に多大な貢献をした。サターンVは、人類を月に送り届けるという壮大な目標を達成する上で不可欠な存在であった。
1972年、NASAを退職。その後は、民間企業や大学で宇宙開発のコンサルタントや講演活動を行った。
1977年6月16日、バージニア州 アレクサンドリア (バージニア州)で膵臓癌のため死去。享年65歳。
評価[編集]
フォン・ブラウンは、ロケット技術の発展に決定的な影響を与えた天才的な技術者として広く認識されている。特に、弾道ミサイルの実用化、そして大型ロケットによる宇宙飛行の実現に貢献した功績は大きい。
しかし、ナチス・ドイツにおけるV2ロケットの開発、特にその製造過程における強制労働への関与、そして親衛隊への入隊など、その倫理的な側面については常に批判の対象となっている。彼自身は、軍事兵器の開発はあくまで宇宙飛行への足がかりであったと主張していたが、その行動が第二次世界大戦における破壊行為に利用された事実は否定できない。
彼の功績と負の側面は、科学技術と倫理の関係を考える上で重要な問いを投げかけている。
豆知識[編集]
- 彼の名前は、しばしば「フォン・ブラウン博士」と呼ばれたが、これは彼の肩書と敬意を表している。
- 少年時代に、クリスマスプレゼントとしてもらった望遠鏡で天体観測に熱中し、これが宇宙への興味の原点になったと言われている。
- ドイツ時代の部下たちの多くは、フォン・ブラウンと共にアメリカに移住し、彼のチームの中核を形成した。
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- ボブ・ウォレス 『フォン・ブラウン : ロケット工学の父、その光と影』 池田 哲訳、早川書房、2008年。ISBN 978-4152089209。
- リック・アトキンソン 『第二次世界大戦史 独ソ戦1941-1945 : 鉄と血の戦い』 森夏樹訳、早川書房、2014年。ISBN 978-4152094760。