ドクトルスカヤ

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ドクトルスカヤロシア語: До́кторская)は、ソビエト連邦で製造開始したソーセージ[1]。ソ連国民に最も人気のあったソーセージである[1]ドクトルスカヤ・ソーセージДокторская колбас、ドクトルスカヤ・コルバッサ)とも呼ばれる[2]

概要[編集]

「ドクトルスカヤ」とは「医者の」といった意味である[2][3]

外観はイタリアボロニア・ソーセージに似る[1]

ソ連国民にとってドクトルスカヤは「考えられる最高のごちそう」であった[2]サンドイッチの具材として使用されたり、サラダ、スープに用いられた[2]。現在のロシアでも人気の高いソーセージであるが(レシピの変更により)以前よりは味が落ちるとされている[2][4]

ソ連の崩壊後、ロシア人はドクトルスカヤだけでなく様々なソーセージを購入可能となったのだが、ドクトルスカヤの味に慣れ親しんでいることもあり、オリヴィエ・サラダソリャンカ、パスタを作るソーセージにはドクトルスカヤを選択することが多い[3]。焼きたての白パンに薄く切ったドクトルスカヤとバターを乗せてオープンサンドイッチにしたものは、「最高の朝食の一品」と考えられている[3]

歴史[編集]

1930年代初頭、ソビエト連邦食料工業人民委員会の委員長であったアナスタス・ミコヤンアメリカ合衆国シカゴにある肉コンビナートを訪れ、ソーセージ製造技術を視察した[3]

1936年4月にモスクワでソ連初となるソーセージ工場が稼働を開始する。脂肪分が少なく、タンパク質が豊富なソーセージの製造が始まる。ドイツでいうところの加熱ソーセージBrühwurst)に分類される加工された生肉を腸詰し、茹でてつくるソーセージであった。この頃のソ連は集団化と不作による飢饉が深刻となっていた[3]。当時の資料では、このソーセージについて「内戦と皇帝の独裁の結果、健康を害した病人たちのためのもの」と説明されている[3]

当時のソ連の医者たちは、長期的な飢餓によって健康を損ねた人々の治療のために、自然食品で高カロリー食品でもあるこのソーセージを処方した[3]。このことから、このソーセージは「ドクトルスカヤ(医者の)」と名付けられた[3]

ソ連国民がドクトルスカヤを購入するには長い行列に並ぶ必要があったが、それでも他のスモークソーセージなどよりも購入する機会は容易であった[3]。1970年代から1990年代にかけてのソ連全体がモノ不足の時代には、大都市の周辺地域の住人がモスクワやサンクトペテルブルクといった大都市まで電車に乗って食品の買い出しにでかけるようなことも行われた[3]。この買い出しは「ソーセージ電車」と呼ばれた[3]

ソ連では不足しがちな肉の代替品としてドクトルスカヤがサラダ、スープ、メイン料理などに欠かせない食材となった[3]。まろやかな味のドクトルスカヤはビグスリトアニア発祥・ポーランドで人気の煮込み料理)に、目玉焼きと合わせて朝食に、マカロニのソースに、様々な食材と合わせてサンドイッチ・オープンサンドイッチに使用するのにも適していた[3]

GOST規格[編集]

ドクトルスカヤは、1936年にGOST規格として承認されている[3]。このため、モスクワのソーセージ工場だけでなく、全ソ連の工場で同じレシピで同じ味、同じ品質のドクトルスカヤが製造されていた[3]

原材料は以下の通り[1][3]

肉には高級なものが使われてた[1]

肉は挽肉機にかけるのだが、2回挽肉機にかけるのが製造上の特徴となっている[4]

賞味期間は製造から72時間であるため、店先では保存できなかった[3]Wikipedia日本語版ではサラミにカテゴライズされてしまっているが、あきらかに乾燥食肉であるサラミとはカテゴリーが異なる食品である。

1974年にこの規格が修正され、片栗粉小麦粉を2%まで加えることが許された[3][4]。食糧不足に起因する変更であった[1]。しかし、この変更によて味が落ちたとする意見は少なくない。

2002年になると旧ソ連のGOST規格ではなく、独自の製法に基づいた製品の販売が許可されるようになった[3]ロシアによる食品品質のチェックが行われるようになったが、材料の割合の変更や、臓物の使用、保存料の添加も可能となった[3]。製造会社の中には、自社製品が古くからのソ連GOST規格に基づいた製品であること、添加物が含まれていないことを明記している[3]}。

経済指標として[編集]

ドクトルスカヤの価格は、物価を比較分析する上での基準としても使用される[4]

経済学者は住人の可処分所得を判断するのに、「購入できるドクトルスカヤの量」で換算することがあった[4]

脚注[編集]

  1. a b c d e f エレオノーラ・ゴールドマン (2021年7月18日). “ソ連でもっとも人気のあったソーセージ”. RUSSIA BEYOND. 2026年4月29日確認。
  2. a b c d e ロシア人以外が理解できないと思われるロシア料理”. おそロシ庵 (2020年2月3日). 2026年4月29日確認。
  3. a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u アンナ・ソロキナ (2018年11月3日). “「ドクトル(医者)」ソーセージ:その名前の由来と人気の理由”. RUSSIA BEYOND. 2026年4月29日確認。
  4. a b c d e ワシリサ・マリンカ (2020年8月24日). “伝説の“ドクトルスカヤ”ソーセージの作り方(レシピ)”. RUSSIA BEYOND. 2026年4月29日確認。

関連項目[編集]

  • リュビーチェリスカヤЛюбительская) - ソ連国民2番人気のソーセージ。「リュビーチェリスカヤ」は「アマチュア」の意。ネットで検索する際には「Любительская колбаса」としないと困難。