スボティツァ
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スボティツァ(セルビア語:Суботица/Subotica、ハンガリー語:Szabadka(サバトカ)、クロアチア語:Subotica、ブニェヴァツ語:Subatica、ドイツ語:Maria-Theresiopel)とはセルビア北部に位置する都市である。
概要[編集]
北バチュカ行政管区の行政中心地であり、セルビア最北端の都市であるとともに、ヴォイヴォディナで2番目に人口の多い都市でもある。2022年の国勢調査によると、人口は88752人であった。セルビアとハンガリーの国境から約10kmのところに位置する。
歴史[編集]
スボティツァは1391年にラテン語名ザバトカで初めて言及された。1526/1527年、スボティツァは、自称皇帝ヨヴァン・ネナドの短命セルビア国家の首都であった。1542年から1686年までオスマン帝国がスボティツァを支配し、その後スボティツァはハプスブルク家の領土となった。オスマン帝国統治時代、この都市の名前はソボトカだった。18世紀半ばに、オーストリア皇后マリア・テレジアにちなんで、正式にサンクタ・マリアに改称された。1779年に都市の名前はマリア・テレジオポリスに改称され、ハンガリー語の名前であるサバトカは1845年に一時的に公式に使用され、その後1867年に再び使用された。1918年にスボティツァはセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国に編入された。ずっと居住していた地元のセルビア人とブニェヴァツ人は17世紀からスボティツァという名称を使用しており、この名称は1918年以降に公式化された。2007年以降、スボティツァは都市としての地位を得た。