スパイ防止法

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スパイ防止法案(スパイぼうしほう、国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案〈こっかひみつにかかるスパイこういとうのぼうしにかんするほうりつあん〉)は、外交・防衛上の国家機密事項に対する公務員の守秘義務を定め、これを第三者に漏洩する行為の防止を目的とする法律案。1985年に審議未了廃案となり、以降疑似法案が議論の対象となっている。

概要[編集]

アイゼンハワー政権下のアメリカにより、岸信介首相が秘密保護法の制定を求められたのを発端とする。約20年後、1978年の福田赳夫首相の国会答弁をきっかけとして、1979年、岸政権と反共主義の下結びつきのあった統一教会(現・世界平和統一家庭連合)、その関連団体の国際勝共連合が機密保護法制定に乗り出すも、世論の盛り上がりを欠いていた。

翌1980年の宮永スパイ事件で、ソ連軍参謀本部情報総局(GRU)に内通した自衛官が懲役1年の量刑を科されると、これが軽すぎるとして世論がスパイ防止法制定に傾く。同年、自民党安全保障調査特別委員会が初の立案。1985年には衆議院に法案を提出するが、自民党内からも造反者が発生するなどの抵抗にあい、法案は審議未了のまま廃案された。

廃案後の動向[編集]

廃案翌年の衆参同時選挙を自民党が大勝し、再度法案が提出されるとの観測があった(この時は反対派の予想に反し見送られた)。

2001年に改正された自衛隊法に一部同趣旨の規定が盛り込まれた。また、民主党政権下で連立与党入りした新党改革はマニフェストにスパイ防止法の成立を掲げていたが、目立った成果を残さなかった。

2013年に特定秘密の保護に関する法律が成立するが、スパイ行為に対する量刑は最長でも10年以下の懲役と依然諸外国と比べ非常に軽いものとなった。

直近2025年の自民党総裁選挙に出馬した人物のうち高市早苗小林鷹之はスパイ防止法を必要と主張、茂木敏充林芳正は現時点で必要ない、小泉進次郎は明言を避けた。

他陣営の動向[編集]

スパイ防止法が争点のひとつとなった第27回参議院議員通常選挙(2025年)では、参政党を筆頭に国民民主党日本維新の会日本保守党もスパイ防止法の制定を目指す意向を示した。特に北村晴男(参議院議員・日本保守党)は石破茂首相や岩屋毅外務大臣を念頭に「石破左翼政権は何としてもスパイ防止法を阻止する構え。こんなものに負けてはいけない」と対決姿勢を顕にした。選挙後、国民民主党と参政党は臨時国会に独自のスパイ防止法案を提出したが、参政党の法案は「ロシア的」「市民間の相互監視と通報を奨励した戦前・戦中の国民防諜を想起」などの批判を集めた。また、日本維新の会は自民党と連立を組み与党入りし、スパイ防止関連法制の制定を連立合意書に記した。

日本共産党社会民主党は公約等で反対を表明。記載のないれいわ新選組も代表はじめ党員は反対姿勢を示している。政党の他では日本弁護士連合会が1985年当時より反対声明を決議しており、反統一教会を掲げる団体も法案制定は統一教会・国際勝共連合積年の悲願であると批判している。

立憲民主党中道改革連合含む)は立場の明言を避けたが、同時に本庄知史政調会長が「スパイは外国人とは限りませんよね」と摘発される対象に日本人が含まれる可能性を懸念、趣旨を理解していない発言であると失笑された。