M19戦車運搬車
M19戦車運搬車(M19せんしゃうんぱんしゃ)は、第二次世界大戦期にアメリカ合衆国で開発・運用された、大型の戦車運搬車である。正式名称は「Truck, 6-ton, 4x2, Prime Mover, M20(M20重砲牽引車)」と「Trailer, 45-ton, M9(M9 45トン運搬用トレーラー)」の組み合わせであり、一般にはM19戦車運搬車と総称される。連合国軍において、主に重量級戦車の輸送に用いられた。
開発と背景[編集]
第一次世界大戦後、戦間期を通じて各国で戦車の開発が進められる中、その大型化に伴い、戦車を効率的に移動させる手段が模索された。特に、自走能力を持つ戦車であっても、長距離の移動や、履帯の摩耗を防ぐ目的で、専用の運搬車両の需要が高まった。
アメリカ陸軍では、1930年代後半から新型戦車の開発が進み、M3中戦車やM4シャーマンといった中戦車だけでなく、より重いM6重戦車や将来的な重戦車の開発も視野に入れられていた。これらの重量級車両を鉄道輸送だけでなく、道路上で迅速かつ安全に移動させるための手段が必要とされた。
M19戦車運搬車の開発は、このような背景の下、1940年代初頭に開始された。当時、アメリカ陸軍には既存の戦車運搬車両が存在したが、それらは軽量級の戦車や装甲車両の運搬に特化しており、より大型で重い戦車の輸送には不向きであった。そこで、45トン級の積載能力を持つ新型のトレーラーと、それを牽引する強力なトラクターが求められた。
構成[編集]
M19戦車運搬車は、以下の2つの主要コンポーネントから構成される。
M20重砲牽引車(Prime Mover M20)[編集]
M20重砲牽引車は、M19戦車運搬車の牽引を担当するトラクター部分である。正式名称は「Truck, 6-ton, 4x2, Prime Mover, M20」。ダイヤモンドTモーターカーカンパニー(Diamond T Motor Car Company)によって製造された。
- エンジン:ハーキュレス DFXE 直列6気筒ディーゼルエンジンを搭載。このエンジンは、特に低速での高トルク発生に優れており、重いトレーラーを牽引するのに適していた。
- 駆動方式:4x2(後輪2軸駆動)
- 重量:約13トン(牽引車単体)
- 特徴:大型のラジエーターと強化されたシャシーを持つ。後部にはウインチを装備し、牽引補助や自力での脱出、車両の引き上げなどに使用された。運転席は密閉型で、長距離移動や悪天候下での運用を考慮して設計されていた。
M20は、その強力な牽引力から、戦車運搬車としてだけでなく、大型の榴弾砲やその他の重装備の牽引にも使用された。
M9 45トン運搬用トレーラー(Trailer, 45-ton, M9)[編集]
M9 45トン運搬用トレーラーは、戦車を積載する低床式トレーラーである。正式名称は「Trailer, 45-ton, M9」。フリューハーフ・トレーラー・カンパニー(Fruehauf Trailer Company)とロジャース・ブラザーズ・コーポレーション(Rogers Brothers Corporation)によって製造された。
- 積載能力:最大45トン
- 軸数:8輪(2軸4輪×2)の構造を持つ。これにより、接地圧を分散し、路面への負担を軽減するとともに、安定した走行を可能にした。
- 特徴:低床設計により、戦車の積載高さを抑え、重心を低く保つことで安定性を向上させた。後部には積載用のランプが備えられ、戦車が自走して乗り降りできる構造であった。牽引車との接続はキングピンとカプラー方式で行われた。
M9トレーラーは、その積載能力から、M4シャーマンやM26パーシングといったアメリカの主力戦車だけでなく、イギリスのチャーチル歩兵戦車やクロムウェル巡航戦車、さらには捕獲したドイツのティーガーI戦車なども運搬することができた。
運用[編集]
M19戦車運搬車は、第二次世界大戦において、主にヨーロッパ戦線と太平洋戦線で広範に運用された。
- 長距離移動:戦車部隊の長距離移動において、履帯の摩耗を防ぎ、戦車の寿命を延ばすために重用された。これにより、戦車は戦闘に備えて良好な状態を保つことができた。
- 戦略的展開:大規模な攻勢や部隊の再配置において、戦車を迅速に前線に展開させる手段として不可欠であった。鉄道網が破壊された地域や、鉄道輸送が困難な地形での運用において特にその価値を発揮した。
- 損傷車両の回収:戦闘で損傷した戦車の回収にも用いられ、修理工場への輸送を可能にした。これは、戦車の損耗率を低減し、部隊の再編成を助ける上で重要な役割を果たした。
M19は、その堅牢な構造と信頼性から、兵士たちからは「ドラゴン・ワゴン(Dragon Wagon)」の愛称で親しまれた。特に、牽引車のM20は、その強力なエンジンと耐久性により、過酷な条件下でも安定した性能を発揮した。
戦後と影響[編集]
第二次世界大戦後も、M19戦車運搬車は一部の国で運用が続けられた。特に、アメリカの同盟国に供与され、朝鮮戦争などでもその姿を見ることができた。
M19の設計思想は、その後の戦車運搬車の開発にも大きな影響を与えた。大型ディーゼルエンジンの採用、低床トレーラーの設計、そして高積載能力の追求など、M19で培われた技術と運用ノウハウは、現代の戦車運搬車の基礎を築いたと言える。
現在、M19戦車運搬車の実物は、世界各地の博物館で保存・展示されており、その歴史的価値が認識されている。
豆知識[編集]
- M19戦車運搬車の愛称「ドラゴン・ワゴン」は、その巨大な車体と、まるで獲物を引きずっていくかのような力強さから名付けられたと言われています。
- 第二次世界大戦中、M19はドイツ軍のティーガーI戦車やパンター戦車の捕獲車両を運搬するのにも使用されました。これらの戦車はM19の最大積載量に近いか、あるいは超える場合もありましたが、その堅牢な構造により運搬が可能でした。
- M20牽引車は、その強力なウインチを使って、泥濘にはまった他の車両を引き上げる救難車両としても活躍しました。
関連項目[編集]
- 戦車運搬車
- M25戦車運搬車 - 後継車両
- ダイヤモンドTモーターカーカンパニー
- 第二次世界大戦
- 軍用車両
参考文献[編集]
- Vanderveen, Bart. Observer's Fighting Vehicles Directory World War II. Frederick Warne & Co, 1972.
- Doyle, David. Standard Catalog of US Military Vehicles. Krause Publications, 2003.