コンベア B-36 ピースメーカー
コンベア B-36 ピースメーカー(Convair B-36 Peacemaker)は、アメリカ空軍が運用した長距離戦略爆撃機である。その巨大な機体と、6基のプロペラエンジンと4基のジェットエンジンを組み合わせた「レシプロジェット」という特異な動力構成で知られる。冷戦初期のアメリカ合衆国の核抑止力の中核を担った機体であった。
開発[編集]
B-36の開発は、第二次世界大戦中の1941年にさかのぼる。当時、アメリカが参戦する可能性があった欧州戦線において、イギリスの基地が陥落した場合でもアメリカ本土からドイツを爆撃できる長距離爆撃機の必要性が認識された。陸軍航空隊(後のアメリカ空軍)は、当時の標準的な爆撃機であるB-17やB-24を遥かに上回る航続距離と爆弾搭載量を要求した。
1941年4月、陸軍航空隊は「超長距離爆撃機」の要求仕様を提示し、これに応じたコンソリデーテッド(後のコンベア)社が「モデル36」を提案した。この設計は、当時としては驚異的な航続距離とペイロードを誇るものであった。試作機のXB-36は、1946年8月8日に初飛行を行った。しかし、第二次世界大戦の終結により、当初の急を要する開発の必要性は薄れた。それでも、冷戦の到来とソビエト連邦の脅威の増大により、B-36の開発は継続されることとなる。
設計[編集]
B-36は、その巨大さにおいて当時の航空機の常識を覆すものであった。全幅は70.1メートルにも達し、これはボーイングB-52ストラトフォートレスを凌ぐ。主翼には6基のプラット・アンド・ホイットニー R-4360 ワスプ・メジャーレシプロエンジンが搭載され、推進式プロペラを駆動した。この推進式レイアウトは、エンジンの排気ガスが主翼下面の層流翼の空気の流れを阻害しないように設計されたものであった。
しかし、レシプロエンジンのみでは最高速度や離陸性能に課題があったため、後に主翼端部、つまり最も外側のレシプロエンジンのさらに外側に、各2基のゼネラル・エレクトリック J47ジェットエンジンを搭載する改修が行われた。これにより、合計10基のエンジンを持つ異例の機体となった。このジェットエンジンは主に離陸時や高速飛行時に使用された。
防御武装として、初期の型では各胴体部に遠隔操作式の機関砲塔が複数装備されていたが、これらの防御装備は機体重量を増大させ、性能を低下させる要因となったため、後期の型では軽量化のために撤去された。尾部にのみ、自動追尾式の機関砲が残された。
爆弾倉は非常に大きく、最大で約39トン(86,000ポンド)の爆弾を搭載可能であった。これは、核兵器の小型化が進む以前の初期の原子爆弾や水素爆弾を運搬するために不可欠な能力であった。
運用[編集]
B-36は1948年にアメリカ空軍戦略航空軍団(SAC)に配備された。その主な任務は、ソ連領内への核爆弾投下であった。しかし、その巨大さ故に格納庫の確保や運用上の問題も抱えていた。また、レシプロエンジン特有の振動や故障も多く、稼働率を維持するのに苦労した。
B-36は、ソ連のミグ-15のような高速ジェット戦闘機との比較において、速度面で劣るという懸念があった。そのため、爆撃機を護衛する長距離護衛戦闘機の開発も模索された。特異な試みとして、XF-85ガーゴイルのような小型ジェット戦闘機をB-36の爆弾倉内に格納し、空中で発進・回収する「パラサイト・ファイター」計画も存在したが、これは実用化に至らなかった。
B-36は、その巨大な航続距離から「大陸間爆撃機」としての役割を担い、空中給油なしでアメリカ本土からソ連の奥地まで到達し、核攻撃を行う能力を有していた。これは、B-52やICBMが登場するまでの間、アメリカの核抑止戦略において極めて重要な存在であった。
退役[編集]
1950年代半ばになると、より高速で高性能なジェット爆撃機であるB-47やB-52の登場により、B-36は旧式化していった。特に、ソ連の防空網がジェット戦闘機や地対空ミサイルの発達により強化されるにつれて、低速で高高度を飛行するB-36は脆弱であると見なされるようになった。
B-36は1959年2月12日に全機が退役し、アメリカ空軍の核抑止力の中核はB-52へと引き継がれた。B-36はその短い運用期間にもかかわらず、冷戦初期の核抑止戦略において重要な役割を果たした歴史的な機体として記憶されている。
バリエーション[編集]
- XB-36:試作機。2機製造。
- YB-36:試作機。1機製造。
- B-36A:最初の量産型。爆弾倉扉なしで納入され、運用されなかった。
- B-36B:初期の戦闘任務対応型。
- B-36D:レシプロエンジンに加えてジェットエンジンを搭載した最初の型。
- B-36F:エンジン出力が向上した型。
- B-36H:改良型。
- B-36J:最終生産型。燃料タンクの増設とランディングギアの強化が行われた。
- RB-36D/F/H:偵察機型。爆弾倉に偵察機材を搭載。
現存機[編集]
現在、数機のB-36がアメリカ国内の博物館で保存されている。
- 国立アメリカ空軍博物館(オハイオ州 デイトン)
- 戦略航空宇宙博物館(ネブラスカ州 アッシュランド)
- プエブロ航空・宇宙博物館(コロラド州 プエブロ)
- パマール海軍航空基地(テキサス州 フォートワース)
豆知識[編集]
- B-36のプロペラ音は非常に特徴的で、低周波のうなり音は遠くからでも聞こえたため、「ピースメーカー(平和をもたらす者)」という愛称とは裏腹に、ある種の不気味さを醸し出していたと言われている。
- その巨大さゆえに、格納庫のドアのサイズが足らず、主翼を少し傾けて格納庫に出入りすることもあった。
- B-36が飛行中に空中分解し、核爆弾を積んだまま墜落した事故が数件発生しているが、いずれも起爆装置は作動しておらず、核爆発には至らなかった。