蠢太郎
『蠢太郎』(じゅんたろう、英語: JUNTARO)は、村上もとかによる時代漫画。監修は志波秀宇。
『ビッグコミックオリジナル』(小学館)にて、2008年から2011年に不定期連載された。全8話。単行本は全1巻。
あらすじ[編集]
明治維新の直後。江戸歌舞伎で人気の女形だった中村鶴吉(後に中村鶴之丞)は、自身と同じく女形の才能の片りんを見せる息子(後の蠢太郎)と、芸によって旅費を稼ぎつつ逃亡の旅を繰り広げていた。
中村親子は、天皇が東京に移ったあとの、なにか沈んだ空気が支配する京都の芝居小屋の片隅に仕事を得る。その芸が認められ、舞台に立つようにもなっていった。蠢太郎も歌舞伎や舞の修行を始めた。蠢太郎は美しい見た目をからかわれたり、いじめられることもあったが強い気性もあって、逆襲したことで、次第に仲間たちからも認められるようになった。京都の町を仕切るヤクザの大立て者が庇護したこともあり、中村親子は追手の気配を感じることもなく過ごすことができた。
実は、蠢太郎は鶴吉とさる皇族の女性との間にできた子供だったのである。
親子の殺害を命じていた岩倉具視の訃報が報じられ、蠢太郎は大阪道頓堀での公演を提案し、嫌がっていた鶴之丞も承諾。親子女形は大阪でも大盛況となる。しかし、鶴之丞は追手の手に落ち、入水自殺の形で殺害された。
京に戻った蠢太郎は、京の帝に気に入られ、朝子内親王の話し相手となる。日本の初代総理大臣となった伊藤博文が官僚を引き連れ、京の帝に参内を行い、その場で披露された蠢太郎の舞を気に入ったことで、伊藤は蠢太郎を東京へと呼び出す。明治20年(1887年)4月22日、伊藤が開催した仮装舞踏会に蠢太郎は西洋の女性ドレスを着て参加するが、父を殺害した忍野と口論となり、泣きながら逃げだすことになった。館の外に待ち受けていた報道陣は逃げた美女が戸田極子伯爵夫人であり、伊藤に言い寄られたためと報じた。
同年4月26日、天覧歌舞伎が開催される。九代目市川團十郎、五代目尾上菊五郎は、これ以前に企画されていた天覧歌舞伎が岩倉具視によって中止となったのは、蠢太郎の父のせいだと考えており、伊藤の命により蠢太郎を天覧歌舞伎の裏方に入ることは許すが、舞台に上げる気は無かった。天覧歌舞伎は天皇の気に入るところとなり、アンコールを所望する。アンコール演目の準備に時間を要することから、伊藤の発案で蠢太郎の独り舞台『鷺娘』をまずは披露することになった。『鷺娘』は蠢太郎の祖父・初代中村鶴之丞、父・二代目中村鶴之丞とで改良を加えてきた演目であった。好評に終わったが、團十郎と菊五郎に配慮して『鷺娘』の上演は記録されていない。
『鷺娘』の噂は諸外国の外交官の耳にも届いており、伊藤は鹿鳴館で蠢太郎の『鷺娘』公演を企画する。しかし、蠢太郎や伊藤の知らぬところで、伊藤の暗殺計画が動いていた。鹿鳴館で『鷺娘』の演奏者に紛れ込んでいた暗殺者が伊藤に切りかかろうとしたのを蠢太郎が身体を張って止め、蠢太郎は自らの左腕を失う。
隻腕となった蠢太郎は横浜の伊藤の別荘で療養中に統子と呼ばれる身分の高い女性と引き合わされる。統子こそが蠢太郎の母親であった。
京に戻った蠢太郎は、京の帝の下で演劇の指導を行い、時に舞台にも上るのだった。
登場人物[編集]
- 中村 蠢太郎(なかむら じゅんたろう)
- 幼名は「春」。
- 中村 鶴之丞(なかむら つるのじょう)
- 旧名は鶴吉(つるきち)。江戸でも人気の立女形であった。(二代目)中村鶴之丞となる。
- 大阪に興業に行った際に、忍野から蠢太郎からの贋の呼び出しを受け出向いたところで観念した。
- 色子(陰間)上がりであることから「皇室の血を汚した」、および皇室の女性を通じて裏の事情を知りすぎたというのが殺害指示の出た理由である。
- 蠢太郎の母
- 孝明天皇の娘であり、江戸に来た際に鶴吉の芝居に惚れ込み、愛し合うようになり、身籠った。
- 蠢太郎を鶴之丞に預けた後、気を病んで自殺したと伝えられる。
- 名は、孝明天皇の諱「統仁」から一字を取って
統子 ()。孝明天皇と身分の低い女性との間の婚外子となる。 - 伊藤博文の別荘近くに隠遁していた。記憶も定かではない状態であったが、蠢太郎の舞を見て一瞬だけ鶴吉と自分が産んだ子供のことを思い出す。
- 志波 千兵衛(しば せんべえ)
- 京の裏社会の大物。渡世人。中村親子の後ろ盾となる。
- 豆菊
- 舞妓。舞踊に優れ、蠢太郎の初恋相手となる。
- 貧しい母親が病んだことで、治療費捻出のため、襟替えを志波に申し出た。
- 京の帝
- 孝明天皇の子(実子か猶子かは不明だが、北朝の皇統)。
- 朝子
- 京の帝の娘。朝子内親王。初対面のときから、蠢太郎に想われる。鶴之丞の死亡後、蠢太郎は朝子の話し相手として選ばれる。
- 朝子のほうも蠢太郎を密かに想うようになるが、その想いは隠し、伊勢物語二十三段「筒井筒」に託して、国や民への祈りのため、入寺した。入寺後ほどなく流行り病のために没する。
- 荻乃(おぎの)
- 大阪の芸妓。朝子にそっくりの顔をしている。そのため、朝子に想いを寄せる蠢太郎は荻乃と肌を重ねた。
- 後に蠢太郎を追って京にやってきて、蠢太郎と肌を重ねるようになる。
- 朝子の病没と前後して、同じく流行り病で亡くなる。
- 伊藤博文
- 日本の初代総理大臣。
- 忍野(おしの)
- 政府の手の者。鶴之丞を殺害した当人。「国のため」として蠢太郎も殺害目標としていた。仮装舞踏会で蠢太郎と言い合いになり、右手親指を強く噛まれて負傷。
- その後の鹿鳴館『鷺娘』公演では警護の任に当たった。公演の後に、仮装舞踏会で走り去った淑女が蠢太郎であり、忍野との争いが原因と発表し、伊藤と戸田極子のスキャンダルを否定する予定であった。公演前に伊藤が暗殺者に襲われたが、噛まれた傷のため拳銃の撃鉄を起こせなかった。
- 奴(やっこ)
- 東京の芸妓。伊藤博文の若い愛人の1人。踊りだけではなく柔術もたしなむ。仮装舞踏会にも動員された。
- 後の川上貞奴その人である。
- ジョルジュ・ビゴー
- フランス人の画家。仮装舞踏会にも招待されており、数々の風刺画を残す。
設定[編集]
本作では、孝明天皇毒殺説を採用している。
東京へ移った睦仁(明治天皇)とは別に京では天朝様(天皇)が寺社や裏社会の人間などが匿って暮らしている。明治天皇は南朝の皇統とされている。
JIN-仁-とのクロスオーバー[編集]
本作において負傷した蠢太郎が運び込まれる病院が湯島の「仁友堂」。そこで医師が「以前、三代目 澤村田之助の足を切断する手術を行った」と語る。
村上の漫画作品『JIN-仁-』とのクロスオーバーである。