菅谷文則

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菅谷 文則(すがや ふみのり、昭和17年(1942年)9月7日 - 令和元年(2019年)6月18日)は、日本の考古学者。滋賀県立大学名誉教授、前奈良県立橿原考古学研究所所長。

著書[編集]

奈良県出身。昭和43年(1968年)に奈良県教育委員会に採用され、橿原考古学研究所で都城や古墳の発掘に従事する。飛鳥京跡の調査では天武天皇や持統天皇の飛鳥浄御原宮の遺構の存在を指摘している。平成21年(2009年)から所長を務めたが、令和元年(2019年)5月末に体調不良を理由に退職する。

そして6月18日午後、奈良県橿原市の病院で死去した。76歳没。

著書[編集]

共編著[編集]

論文[編集]