沖縄県の臨時市制度
本項では、1945年(昭和20年)の第二次世界大戦(太平洋戦争)沖縄戦終戦直後にアメリカの軍政下で設けられた、沖縄県の臨時市制度(おきなわけんのりんじしせいど)について解説する。
経過[編集]
沖縄県の民間人をはじめとして多大な死傷者を出した沖縄戦の終戦直後、軍政を開始したアメリカ軍は大量に発生した民間人の戦争難民についての処遇に悩まされていた。ほとんどの県民は先の戦争で家や親族を亡くしており、帰る場所がなかったのである。そのため、アメリカ軍は民間人収容所の建設を開始した。
収容所の設置[編集]
収容所は場所選定の結果、国頭郡宜野座村、久米島の島尻郡具志川村など16か所に設置された。これにより該当する町村は人口が一気に膨れ上がったのだが、肝心の自治体は破壊され、まともに業務できる状態ではなかった。強固な自治組織をアメリカ軍は求めたのだろうか、「地方行政緊急措置要綱」を発布し、これに基づいて収容所とその周辺地域が市に臨時で昇格した。おそらく、機能不全だった日本の町村に上乗せする形で市制を施行したと考えられる。
同要綱には市議会議員と市長の選出についても記載されており、これに則って1945年9月20日には市議会議員選挙を、9月25日には市長選挙を実施した。
廃止[編集]
このように市としての体裁が整えられたものの、1945年末にもともと在住していた市町村への移動許可が発布されると、ほとんどが消滅し旧来の町村に戻った。また1948年にはアメリカ軍政府が、1953年には琉球政府が町村制を発布し、名実ともに廃止された。しかし石川市だけは例外で市制が存続し、1972年の本土復帰後も日本の市として追認施行され、2005年の合併(うるま市の成立)まで一度も人口3万人を超えたことがない市として知られていた。石川市は沖縄諮詢会や沖縄民政府があったことから存続したと考えられる。
一覧[編集]
- 越来村
- 胡差市(こざ):1945年12月廃止
- 羽地村
- 田井等市(たいら):1945年11月末廃止
- 金武村
- 漢那市(かんな):1946年8月廃止
- 福山市(ふくやま):1945年9月25日宜野座市に編入
- 惣慶市(そけい):同上
- 宜野座市(ぎのざ):1946年廃止
- 古知屋市(こちや):同上
- 高松市(たかまつ):1945年9月25日古知屋市に編入
- 糸満町
- 糸満市(いとまん):1946年廃止
- 久志村
- 久志市:1946年1月5日廃止
- 瀬嵩市:同上
- 美里村
- 石川市(いしかわ):2002年廃止