奄美大島
奄美大島(あまみおおしま)は、鹿児島県に属する奄美群島の島。奄美群島で最も大きく、面積は約712平方キロメートルである[1]。
地理・気候[編集]
鹿児島市から南へ約380キロメートルの位置にある。島内には奄美市・龍郷町・大和村・宇検村・瀬戸内町の1市2町2村があり、奄美市の名瀬地区が地域の中心となっている[2][3]。
島の約7割が山地で、最高峰は標高694メートルの湯湾岳。北部には比較的平坦な土地がある一方、南部は山がちな地形となっている[4][1]。
気候は亜熱帯海洋性で、温暖多湿である。名瀬の年間降水量の平年値は2,800ミリメートルを超える。冬は曇りや雨の日が多く、夏から秋には台風が接近することがある[3]。
自然[編集]
島内には森林が広がり、金作原の原生林やマングローブ林などが見られる[2]。森林にはアマミノクロウサギやルリカケスなどの希少な動物が生息している。アマミノクロウサギは奄美大島と徳之島にのみ生息し、ルリカケスは奄美大島と周辺の加計呂麻島・請島に分布する[5]。
2021年7月には、島内の一部地域が、徳之島・沖縄島北部・西表島の各地域とともに「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」として世界自然遺産に登録された。固有種や絶滅のおそれのある動植物が多く生息・生育する点が評価されている[6]。
歴史[編集]
かつて琉球王国の支配下にあり、1609年の薩摩藩による琉球侵攻後は、薩摩藩の支配を受けた。江戸時代には砂糖の生産・流通が藩の統制下に置かれた[7]。
第二次世界大戦後の1946年には日本本土の行政から分離され、アメリカ合衆国の統治下に置かれた[7]。1953年12月24日に奄美群島の復帰協定が日米間で調印され、翌12月25日に日本への復帰が実現した[8]。
産業・文化[編集]
北部の比較的平坦な地域ではサトウキビなどが栽培されている。特産品には黒糖焼酎や大島紬がある[1]。
大島紬は絹織物で、細かな絣模様や泥染めなどの技法で知られる。泥染めでは、シャリンバイの煮汁と泥を使って絹糸を染める[9]。
伝統芸能として島唄や八月踊りが受け継がれている[2]。郷土料理の鶏飯(けいはん)は、ご飯にほぐした鶏肉、錦糸卵、シイタケなどを載せ、鶏のスープをかけて食べる料理である[10]。
交通[編集]
島外とは、奄美空港を利用する航空路や、名瀬港などを発着する航路で結ばれている。名瀬港には鹿児島市と那覇市を結ぶフェリーなどが寄港する。島内では路線バスや自動車が主な移動手段となっている[11]。
脚注[編集]
- ↑ a b c 環境省奄美野生生物保護センター「奄美群島の紹介」。
- ↑ a b c 奄美市「奄美大島について」。
- ↑ a b 気象庁名瀬測候所「奄美地方の気候特性」。
- ↑ 観光庁「地理と地形」(地域観光資源の多言語解説文データベース)。
- ↑ 環境省奄美野生生物保護センター「奄美群島の動物」。
- ↑ 林野庁「世界自然遺産『奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島』の概要」。
- ↑ a b 奄美市「奄美の歴史(年表)」。
- ↑ 国立公文書館「昭和28年(1953)12月 奄美大島が返還される」(日本のあゆみ)。
- ↑ 奄美市「本場奄美大島紬」。
- ↑ 奄美市「郷土料理」。
- ↑ 奄美市「奄美大島へのアクセス・島内の交通」。