写実主義

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写実主義(しゃじつしゅぎ、英語: Realism)は、芸術文学哲学など、多岐にわたる分野において、対象をありのままに、客観的に描写しようとする思想、またはその表現方法を指す。理想化や抽象化を避け、現実世界の具体的な様相や細部を重視する点に特徴がある。

概要[編集]

写実主義は、それぞれの分野において異なる形で現れるが、共通して「現実」との密接な関係を追求する。

  • 芸術における写実主義絵画彫刻においては、対象の形状、色彩、質感などを忠実に再現しようとする。ルネサンス期における遠近法の確立や解剖学に基づいた人体の描写などがその萌芽と見なせる。19世紀中頃のギュスターヴ・クールベに代表される「写実主義」は、従来のロマン主義新古典主義の理想化された表現に対し、日常生活や労働者階級の現実を描くことを目指した。また、印象派も光の描写において写実的な探求を行ったとされる。
  • 文学における写実主義小説戯曲において、登場人物の心理描写、社会状況、日常の出来事などを詳細かつ客観的に描写する手法を指す。19世紀後半にフランスで台頭し、オノレ・ド・バルザックギュスターヴ・フローベールエミール・ゾラなどが代表的な作家として挙げられる。彼らは社会の矛盾や人間の生々しい感情を克明に描いた。日本文学においては、明治時代に西洋の写実主義が紹介され、坪内逍遥の『小説神髄』などでその重要性が説かれた。
  • 哲学における写実主義哲学においては、実在論と密接に関連し、外界の対象が人間の意識から独立して存在するという立場を指すことが多い。認識論においては、外界の対象をありのままに認識できるという立場を取る。

歴史[編集]

写実主義の萌芽は古くから見られるが、明確な思想として確立されたのは19世紀中頃である。

  • 古代・中世:古代ギリシアプラトンは、イデア論において現実世界を模倣の世界と捉え、真の写実とはイデアを表現することとした。アリストテレスは、芸術が現実を模倣することの重要性を説いた。中世写本などにも、動植物の細密な描写が見られる。
  • ルネサンスレオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロ・ブオナローティといった芸術家は、解剖学や遠近法を駆使して、人体の構造や空間をより写実的に表現しようと試みた。
  • 17世紀オランダ黄金時代の絵画では、市民生活や静物などが細部にわたって描かれ、写実性が重視された。フェルメールなどがその代表例である。
  • 19世紀産業革命の進展とブルジョワジーの台頭により、従来の貴族的な芸術観への反発が生まれた。ロマン主義の主観的な表現に対し、客観的な現実描写を求める動きが強まり、写実主義が主要な芸術運動として確立された。ギュスターヴ・クールベは「私は天使を描けない。見たことがないから」と述べ、自身の芸術の根幹を「見えるものを描く」ことに置いた。文学では、社会の変革に伴う人間の葛藤や矛盾を克明に描くことで、読者に現実を突きつける役割を担った。
  • 20世紀以降写真の発明により、機械による写実表現が可能になると、芸術における写実のあり方も変化した。抽象芸術表現主義など、非写実的な表現が台頭する一方で、スーパーリアリズムのように極めて精緻な写実表現を追求する動きも現れた。

関連する概念[編集]

  • 自然主義:写実主義の一種で、さらに踏み込んで遺伝や環境といった要因が人間の行動に与える影響を科学的に分析し、客観的に描写しようとする文学思潮。
  • 客観主義:主観を排し、客観的な視点から物事を捉えようとする思想。
  • ミメーシス:ギリシア語で「模倣」を意味する言葉。芸術が現実を模倣するという古代ギリシアからの考え方。
  • ヴェリシミリチュード:文学作品における「らしさ」「もっともらしさ」を指す言葉。

豆知識[編集]

写実主義という言葉は、芸術や文学の分野で特に使われることが多いですが、哲学の分野では「実在論(リアリズム)」という言葉が同義で用いられることがあります。これは、哲学におけるリアリズムが、外界の独立した実在を認める立場を指すためです。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • E.H.ゴンブリッチ『美術の物語』中央公論美術出版
  • 中野雄『写実主義の文学』岩波新書
  • 飯田隆『哲学の歴史 第7巻 経験論と写実主義』中央公論新社