トニービン

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トニービン
欧字表記 Tony Bin
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 鹿毛
生誕 1983年4月7日
死没 2000年3月10日(17歳没)
父 Kampala
母 Severn Bridge
母の父 Hornbeam
生国  アイルランド
生産 P.J.B.オカラハン
馬主 Mrs.Del Bono Gaucci
Allevamento White Star
調教師 Luigi Camici(イタリア)
競走成績
生涯成績 27戦15勝

トニービン(Tony Bin、1983年4月7日 - 2000年3月10日)とは、アイルランド生産・イタリア調教の競走馬。

競走馬時代[編集]

アイルランドのセリでイタリア人実業家のルチアーノ・ガウッチが購入。購入価格は日本円にして60万円台半ばとかなり安い金額だった。

デビュー戦で勝利後、イタリアGIのグランクリテリウムで3着、ダービーイタリアーノ4着、イタリア大賞3着、ジョッキークラブ大賞2着と善戦する。

4歳になるとミラノ大賞典、ジョッキークラブ大賞を含む4連勝を達成し、国外へと遠征。フランス・サンクルー大賞で2着、凱旋門賞では11頭立ての11番人気と最低人気ながら2着入りの波乱を巻き起こした。5歳時はイタリア共和国大統領賞、ミラノ大賞典を連勝するとイギリス・キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスへと遠征し3着、フェデリコテシオ賞から連闘で凱旋門賞へ出走し、ムトトの追撃をクビ差抑えて優勝した。

5歳時の活躍を評価されたトニービンはジャパンカップに招待される。しかしレース中に骨折を発症し5着に終わった。そして当レースが最終レースとなった。

種牡馬時代[編集]

引退後は社台グループが購入し、日本で種牡馬入り。産駒は東京競馬場との相性が良く、産駒が制したGIのほとんどが東京開催レースとなっている他、東京開催の芝GIレースは死亡後の2006年に新設されたヴィクトリアマイル以外全て制覇している。

代表産駒に牝馬クラシック二冠のベガ、第60回日本ダービー勝ち馬のウイニングチケット、マイル戦5戦5勝の成績を残し「マイルの女王」と呼ばれたノースフライト、「女帝」エアグルーヴ、内国産3歳馬で初めてジャパンカップを制したジャングルポケットなどがいる。

2000年3月10日、急性心不全により死亡。後継種牡馬も一定数いるものの、直系は先細りとなりつつある。