サン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会
サン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会(サン・フリアン・デ・ロス・プラードスきょうかい、スペイン語: Iglesia de San Julián de los Prados)は、スペインのアストゥリアス州オビエドにある、9世紀初頭に建設されたキリスト教教会である。その建築様式は、アストゥリアス王国で発展したアストゥリアス先ロマネスク様式の代表的な例として知られ、その歴史的・芸術的価値からユネスコ世界遺産「アストゥリアス王国とオビエドの建造物群」の一部として登録されている。別名サンティヤーネス教会(スペイン語: Iglesia de Santullano)とも呼ばれる。
概要[編集]
サン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会は、アストゥリアス王国のアルフォンソ2世(在位:791年-842年)の治世に、首都であったオビエド郊外に建設された。聖フリアンと聖バシラに捧げられたこの教会は、アストゥリアス王国の最も重要な宗教建築物の一つであり、その規模と装飾の豊かさから、当時の王権の権威とキリスト教信仰の確立を象徴する建造物であったと考えられている。
歴史[編集]
教会の建設は、イベリア半島の大部分がイスラム勢力の支配下にあった時代に、キリスト教徒のレコンキスタ運動の拠点の一つとして発展したアストゥリアス王国の文化的な最盛期に位置付けられる。アルフォンソ2世は、かつての西ゴート王国の伝統を継承しつつ、独自の文化と芸術を発展させようと努め、その中でサン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会のような壮麗な建築物を建設した。
教会の正確な建設年代は不明であるが、812年から842年の間と推定されている。これは、アルフォンソ2世がコルドバから聖遺物を移送し、オビエドのサン・サルバドル大聖堂を拡張した時期と重なる。
中世以降、教会は幾度かの改修や増築が行われたが、基本的な構造と先ロマネスク様式の特徴は維持されてきた。しかし、スペイン内戦(1936年-1939年)中には損傷を受け、戦後に修復された。
1985年には、ユネスコ世界遺産「オビエドとアストゥリアス王国の建造物群」の一部として登録され、その普遍的価値が認められた。1998年には、名称が「アストゥリアス王国とオビエドの建造物群」に変更された。
建築[編集]
サン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会は、長方形の平面計画を持つバシリカ形式の教会である。身廊と2つの側廊から構成され、後陣は3つの独立したアプスからなる。身廊と側廊は、アーチによって隔てられている。
特筆すべきは、その内部空間の高さと広さである。これは、当時の他の先ロマネスク様式の教会と比較しても際立っている。また、光の取り入れ方も工夫されており、高い位置に設けられた窓から自然光が差し込むことで、荘厳な雰囲気を醸し出している。
建築材料としては、主に石灰岩とレンガが用いられている。壁は厚く、堅牢な構造となっている。
壁画[編集]
サン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会で最も重要な芸術的要素は、その内部を飾るフレスコ画である。これらの壁画は、アストゥリアス先ロマネスク様式の絵画の貴重な例であり、当時のビザンティン美術や西ゴート美術の影響を受けつつも、独自の表現を発展させている。
壁画は、幾何学的な模様、植物のモチーフ、そして人物像が描かれている。特に、身廊の壁には、当時の宮廷生活や聖書の場面を示唆すると思われる装飾が施されている。これらの壁画は、単なる装飾としてだけでなく、当時の人々の信仰や文化、そして王国の政治的なメッセージを伝える役割も担っていたと考えられている。
しかし、時間の経過とともに多くの壁画は損傷し、現在ではその一部しか残っていない。それでもなお、残された断片は、当時の芸術水準の高さと、アストゥリアス王国の文化的な豊かさを物語っている。
世界遺産登録[編集]
サン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会は、1985年にユネスコ世界遺産「オビエドとアストゥリアス王国の建造物群」の一部として登録された。この世界遺産は、アストゥリアス王国がイスラム勢力に対するレコンキスタの過程で独自の文化と芸術を発展させたことを示す、一連の先ロマネスク様式の建造物群から構成されている。
2024年現在、この世界遺産は「アストゥリアス王国とオビエドの建造物群」という名称で登録されている。サン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会は、その中でも最も大きく、保存状態の良い教会の一つとして、アストゥリアス先ロマネスク様式の建築と芸術の傑作とされている。
豆知識[編集]
- サン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会は、その規模から「王宮の教会」とも呼ばれた時期があったらしい。
- 教会内部の壁画には、ローマのポンペイ遺跡の壁画との類似性が指摘される部分もある。これは、当時のアストゥリアス王国が、遠く離れた文化とも何らかの交流があったことを示唆しているのかもしれない。
- この教会は、聖ヤコブの道(サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路)の「プリミティボの道」の近くに位置しており、かつての巡礼者たちもこの教会を訪れた可能性がある。
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- 辻本玲子ほか編著『世界の建築・歴史・文化 西洋編』朝倉書店、2018年。
- 飯塚隆『世界遺産を旅する スペイン・ポルトガル』JTBパブリッシング、2020年。