とりめし (日出谷駅)

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とりめしは、磐越西線の日出谷駅(新潟県阿賀町)で販売されていた駅弁。販売期間中ですら「“幻の”駅弁」と称されていた[1]。

概要[編集]

長方形の容器に炊き込み御飯を敷き、その上に細かい炒り卵と鶏そぼろを半分ずつ乗せた弁当である。

歴史[編集]

1914年(大正3年)に販売を開始している。鶏飯の駅弁としては、1913年(大正2年)に鳥栖駅(佐賀県鳥栖市)で販売を開始した駅弁「かしわめし」に次いで日本で2番目に古い駅弁とされる。

1969年(昭和44年)に蒸気機関車の運用を終了するまで、車庫や給水塔が設置されていた日出谷駅は、一般的な駅よりも停車時間が長めに取られ、駅での駅弁などの販売も盛んであった。しかし、蒸気機関車の引退後にDLに置き換えられて、停車時間が短くなり、広い構内は折り返し列車以外はほぼ無用の長物となり、DC急行の停車駅から外れたものの普通列車向けに日出谷駅での駅弁の駅売りやホーム売りが継続された。
その後、自動車社会化が進み、国道49号の改良が進んだことで、磐越西線の新潟方面と会津盆地の間は幹線鉄道としての役割を失っていき、快速列車すら通過する日出谷駅の注目度は減り、窓の開かない車両も増えて、駅弁の駅売りもなくなったが、駅近郊にある製造元の「朝陽館」では販売が継続されていた。

1999年(平成11年)にSLばんえつ物語の運行が開始されると運転日に駅ホーム上での駅弁の販売を復活する。製造数そのものが少ない、販売員が朝陽館主人1人しかいないこともあり、とりめしは知名度を上げると共に、その希少性から人気の駅弁となっていった。

しかしながら、主人の高齢化に伴い朝陽館は2010年に閉店し、とりめしは二度と味わえない「本当に“幻の”味」となった[1]。

2023年、新型コロナウイルス感染症による運休からのSLばんえつ物語の運行再開に合わせ、阿賀町の「新たな名物」としてとりめしの復刻が企画された[2]。

「いとう屋」主人の伊藤義孝が、朝陽館のとりめしに見た目は寄せつつも、漬け込むタレを少し濃くすることで冷めても美味しいよう、新しい味のとりめしを開発した[2]。

復刻したとりめしは津川駅で販売されている[3]。

脚注[編集]