M1エイブラムス

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

M1エイブラムス(エムワン・エイブラムス、英語: M1 Abrams)は、アメリカ合衆国が開発した第三世代の主力戦車である。その名称は、ベトナム戦争時のアメリカ陸軍参謀総長を務めたクライトン・エイブラムス陸軍大将に由来する。1980年代初頭に運用が開始されて以来、アメリカ陸軍およびアメリカ海兵隊の主力戦車として配備されており、その後の様々な紛争、特に湾岸戦争イラク戦争においてその性能を実証してきた。

開発経緯[編集]

M1エイブラムスの開発は、冷戦下においてソビエト連邦の新型戦車(例: T-72)に対抗しうる新たな戦車を必要としたアメリカ陸軍の要求から始まった。それまでの主力戦車であったM60パットンの後継として、より優れた火力、防御力、機動力を兼ね備えた車両が求められたのである。

1971年、アメリカと西ドイツは共同でMBT-70計画を進めていたが、技術的な複雑さとコストの増大により計画は中止された。この失敗を受けて、アメリカは独自の開発計画であるXM815計画を立ち上げた。その後、この計画はXM1計画へと発展し、クライスラー・ディフェンス(現在のジェネラル・ダイナミクス・ランド・システムズ (GDLS))とゼネラルモーターズが設計案を提出した。

最終的にクライスラー・ディフェンスの設計案が採用され、1976年に試作車両が完成した。厳しい試験と評価の結果、1979年にM1エイブラムスとして制式採用され、1980年から生産が開始された。

特徴[編集]

M1エイブラムスは、従来の戦車と比較して多くの革新的な特徴を備えている。

火力[編集]

初期のM1エイブラムスには、M60パットンと同じくM68 105mmライフル砲が搭載された。これは西側標準のL7 105mm戦車砲のライセンス生産版である。しかし、ソ連の新型戦車に対抗するため、M1A1からはドイツ製のラインメタル 120mm滑腔砲をライセンス生産したM256 120mm滑腔砲が採用された。この主砲は、より強力な徹甲弾HEAT弾を発射でき、対戦車戦闘能力を大幅に向上させた。

副武装として、車長用にはM2重機関銃が、装填手用にはM240機関銃が装備されている。また、主砲と同軸にM240機関銃が1丁搭載されている。

防御力[編集]

M1エイブラムスの最大の特徴の一つは、その強固な防御力である。初期型からチョバムアーマーの派生型である複合装甲を採用しており、成形炸薬弾や徹甲弾に対する防御性能が高い。特にM1A1HA(ヘビーアーマー)以降のモデルでは、車体前面と砲塔前面に劣化ウラン装甲が追加され、防御力がさらに強化された。この劣化ウラン装甲は、その密度と硬度により、極めて高い防御性能を発揮する。

また、乗員の生存性を高めるため、砲塔後部の区画に弾薬が収納されており、被弾時に弾薬が誘爆した場合でも、ブローオフパネルが外部に圧力を逃がすことで、乗員区画への被害を最小限に抑える設計となっている。

機動力[編集]

M1エイブラムスは、ハネウェル製のAGT1500C ガスタービンエンジンを搭載しており、1,500馬力という強力な出力を誇る。このエンジンは、高出力でありながらコンパクトで、優れた加速性能と高速性能を実現している。整地での最高速度は時速67kmに達する。

ガスタービンエンジンは、従来のディーゼルエンジンと比較して、静粛性が高く、燃料の種類を選ばないという利点がある一方で、燃費が悪く、エアフィルターのメンテナンスが頻繁に必要となるという欠点も指摘されている。

派生型[編集]

M1エイブラムスには、その運用期間を通じて多くの改良型と派生型が存在する。

  • M1:初期生産型。主砲はM68 105mmライフル砲。
  • M1IP (Improved Performance):砲塔の装甲が強化され、足回りにも改良が加えられた。
  • M1A1:主砲をM256 120mm滑腔砲に換装。NBC(核・生物・化学兵器)防護システムや自動消火装置も追加された。
  • M1A1HA (Heavy Armor):劣化ウラン装甲が追加された。湾岸戦争でその防御力を遺憾なく発揮した。
  • M1A1HC (Heavy Common):A1HAの改良型で、さらなる装甲強化が図られた。
  • M1A2:大幅な改良が施された型。車長用独立熱視察装置 (CITV) の搭載、改良型指揮情報システム、改良型ナビゲーションシステムなどを導入し、デジタル化が推進された。
  • M1A2 SEP (System Enhancement Package):M1A2の能力向上型。デジタルマップ機能、改良型FBCB2 (Force XXI Battle Command Brigade and Below) システム、熱線暗視装置の改良などにより、情報共有能力と目標探知能力が向上した。
  • M1A2 SEPv2:M1A2 SEPのさらなる改良型。遠隔操作式兵器ステーション (CROWS II) の搭載、改良型カラーディスプレイなどが特徴。
  • M1A2 SEPv3 (M1A2Cとしても知られる):最新の能力向上型。改良型弾薬 (AMP) の運用能力、車載電子機器の小型化、故障診断能力の向上、より強力な補助動力装置 (APU) の搭載など、多岐にわたる改良が施されている。
  • M1A2 SEPv4:現在開発中の最新型。新型のFLIRセンサー、レーザー測距儀の改良、人工知能の導入などが計画されている。
  • M1A1 SA (Situational Awareness):M1A1の改修型で、SEPに準じた改良が施されている。
  • M104 Wolverine:M1エイブラムスの車体を利用した架橋戦車。
  • M1150 Assault Breacher Vehicle (ABV):M1エイブラムスの車体を利用した突撃破砕車。地雷原処理などに使用される。

戦歴[編集]

M1エイブラムスは、その運用期間において数々の紛争に投入されてきた。

湾岸戦争[編集]

M1エイブラムスが初めて大規模な実戦投入されたのは、1991年湾岸戦争である。この戦争において、M1A1エイブラムスはイラク軍T-72T-55といったソ連製戦車に対して圧倒的な優位性を示した。特に、長距離からの精密射撃能力、強固な防御力、そして高い機動力がその性能を証明した。イラク軍の戦車を多数撃破する一方で、エイブラムスの損失は極めて限定的であった。これは、エイブラムスの設計思想と乗員の練度の高さが要因とされる。

イラク戦争[編集]

2003年に勃発したイラク戦争においても、M1A1およびM1A2エイブラムスは中心的な役割を果たした。市街戦や不正規戦といった新たな戦闘環境に直面する中で、IED(即席爆発装置)やRPG-7などの攻撃により一部の損傷や損失も発生したものの、その全体的な防御力と生存性は依然として高い評価を得た。特に、M1A2のデジタル化されたシステムは、戦場の状況認識能力を飛躍的に向上させ、友軍との連携を強化した。

その他の紛争[編集]

M1エイブラムスは、アフガニスタン紛争イエメン内戦など、アメリカとその同盟国が関与する様々な地域紛争にも投入されている。これらの紛争では、戦車としての直接的な戦闘だけでなく、火力支援や移動式拠点としての役割も担っている。

運用国[編集]

M1エイブラムスは、アメリカ合衆国の他、複数の国で運用されている。

今後の展望[編集]

M1エイブラムスは、登場から数十年が経過した現在でも、最前線で運用され続けている。これは、継続的な改良とアップグレードにより、その能力が常に現代の戦場に対応できるように維持されてきたためである。M1A2 SEPv4の開発が進められるなど、将来的にもエイブラムスはアメリカおよび同盟国の陸上戦力の中核を担い続けると予想されている。

ただし、将来的には、より軽量で、より高いステルス性や人工知能を搭載した次世代戦車の開発も視野に入れられており、エイブラムスがいつまでその座を維持するかは、今後の技術革新と国際情勢に左右されるであろう。

豆知識[編集]

  • M1エイブラムスは、その重厚な装甲と強力な火力から、「陸の怪物」や「移動要塞」と称されることがある。
  • ガスタービンエンジンは、その独特のジェット音から「タービン音」として知られ、遠距離からでも識別しやすい特徴がある。
  • 湾岸戦争中、M1エイブラムスの乗員がコーヒーメーカーを車内で使用していたという逸話がある。これは、長時間の作戦において乗員の士気を維持するためであったとされる。
  • エイブラムスの開発当初、砲塔のリング部分に不具合が見つかったが、これは「ジョイント」と呼ばれる特定の箇所に集中して発生し、生産過程での調整によって解決された。

関連項目[編集]

参考書籍[編集]