草船借箭

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草船借箭(そうせんしゃくせん)は、中国四字熟語孔明借箭(こうめいしゃくせん)とも。

「箭」は弓矢の「」の意味。ニュアンスの違いとしては「箭」が「長さをそろえて切った」ものであるのに対し、「矢」は「形がまっすぐである」ことを示す語である。

「草船借箭」とは、敵の物資である矢を自軍の努力なしに計略で手に入れること、またはそのような状況を指す。

三国志演義』第四十六回で書かれている。「赤壁の戦い」(208年)開戦前に諸葛亮が採ったとされる策であり、「草船借箭の計」とも言われる。日本語での読み下し文としては「草船くさぶねで矢を借りる」など。

208年に長江中流・現在の湖北省にある赤壁にて曹操率いる軍と、孫権劉備の連合軍が戦うことになるのだが、諸葛亮の才能を妬んだ周瑜は十日で十万本の矢を作るよう諸葛亮に要求する。これに対し、諸葛亮は三日で達成できると約する。諸葛亮は二十艘の草で覆った船を濃霧を利用して曹軍の軍に近づけた。船を迎撃するため曹操軍から矢が射かけられた。船を戻すと、十万本余りの矢が刺さっていた。

歴史書の『魏略』には、孫権が船に乗っていた際に矢を受けたということが書かれており、この史実に基づいて『三国志演義』作者の羅貫中が諸葛亮の策として翻案したものと考えられている。