思想運動研究所

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思想運動研究所(しそううんどうけんきゅうじょ[1]

概要[編集]

水島毅『新共産党百問百話』(全貌社、1973年)によると、1964年に全貌社社長の水島毅が全貌社内につくり、取材活動を組織化し、1973年時点で20数冊の書籍を刊行[2]。「民青の告白」事件の控訴人(全貌社、水島毅)らの主張によると、「共産主義等の思想と運動を研究し国民を啓蒙することを目的として、評論家広西元信が代表者、評論家故岩淵辰雄が顧問となって昭和三九年九月設立された」。全貌社とは別団体で、『恐るべき民青』等を編集著作してきた[3]。控訴人側の証人広西元信の証言によると、「通称富士アイスグループ(新有楽町ビル内の「富士アイス」で会合することを常としていた広西元信、控訴人水島ら数名の思想を同じくする者の集まり)を母体として、昭和三九年九月頃、共産主義運動を批判するために、右広西をいちおうの代表者、岩淵辰雄を顧問とし、ほかに専従者三名の協力を得て発足したものであるが、その組織については格別の定めはなく、特に事務所を設けず、その構成員の範囲も明確ではなく、「研究所」と称するものの特段の機構を有しない研究者数名の集まりをいうものであって、控訴人水島は同研究所の正式メンバーではなかったものの、相談役的立場にあったこと、同研究所は、右水島及び同人が代表取締役である控訴人全貌社と密接に連携して活動してきたものであって、昭和四三年頃解散して、その仕事は右控訴会社に引継がれたこと、昭和四〇年以降同研究所名義で「新版進歩的文化人」「恐るべき民青」「経営細胞」「恐るべき労音」「日本共産党本部」そして「民青の告白」なる書物が編集著作されているが、これらの書物は全て控訴会社によって出版発行されたこと」の諸事実が認められた[4]東京高裁は判決で「同研究所なるものは著作者としての独立した存在の実質を具有するものではなく」、『民青の告白』の実際の編集者は広西と水島と認めるのが相当だとした[4]

「民青の告白」事件[編集]

1967年12月に全貌社より思想運動研究所編『民青の告白――職場の中から三十人の手記』を刊行し、日本民主青年同盟(民青同盟)の機関紙誌に掲載された手記や論文を収録した。民青同盟と手記、論文などの筆者6名は全貌社と同社社長を相手取り、著作財産権侵害、著作者人格権侵害、名誉毀損の損害賠償、弁護士費用の損害賠償、民青同盟の機関紙誌への謝罪広告の掲載を求める訴訟を提起した。1980年に第二審の東京高裁は控訴人(全貌社側)の主張を退け、損害賠償の支払いや謝罪広告の掲載を命じた[5]。控訴人は最高裁に上告したが、1983年に最高裁は上告棄却の判決を言い渡した[6]

青法協攻撃[編集]

1969年11月に全貌社より刊行された思想運動研究所編『恐るべき裁判――付表・左翼裁判官、弁護士、法学者一覧』で青年法律家協会(青法協)を非難した[7]。1967年後半から『全貌』を皮切りにジャーナリズム等で「偏向裁判」批判=青法協攻撃が行われ、1969年9月の平賀書簡事件を契機に激化した。1969年11月頃から最高裁判所事務総局は局付判事補15名中10名の青法協会員全員に脱会工作を行い、1970年1月に10名全員が脱会した。その後、全国の裁判所でも青法協脱会工作が行われた[8][9]。裁判官信任拒否は1970年の第22期司法修習修了者3名の裁判官希望者に対する拒否から始まったが、第22期の拒否者の1人は司法研修所の裁判教官から『恐るべき裁判』に青法協会員として名前が載せられていること、青法協ニュースに署名入りで投稿していることを理由に裁判官に採用されない可能性があると告げられていた[9]

思想運動情報[編集]

『思想運動情報』は思想運動研究所が編集・発行する左翼運動研究の会員制情報誌[10]。1989年時点および1991年時点で毎月3回発行(旬刊)、定価半年2万7000円、1年5万円[10][11]

『雑誌新聞総かたろぐ 1984年版』によると、1961年創刊。『全貌特別情報』を改題。旬刊、B5判、20頁、年間5万円。共産党をはじめとする国内の左翼団体に関する情報を掲載している[12]猪野健治編著『右翼民族派・総覧 平成3年』によると、「共産党及び共産党系団体の組織状況や主要会議内容を独自の取材活動で網羅」している[13]世界日報記者の木下義昭早川一郎によると、「共産党情報専門誌」である[14]

思想運動研究所編の書籍[編集]

すべて全貌社より刊行。

  • 『新版進歩的文化人――革命を扇る100人の指導者とその背景』(1965年)
  • 『恐るべき民青――経営はこうして破壊される』(1966年)
  • 『経営細胞――会社のなかの赤い砦』(1966年)
  • 『恐るべき労音――50万仮装集団の内幕』(1967年)
  • 『日本共産党本部――ここで何が行なわれているか』(1967年)
  • 『民青の告白――職場の中から三十人の手記』(1967年)
  • 『1970年の進歩的文化人』(1968年)
  • 『左翼30集団――こうして日本は破壊される』(1968年)
  • 『大学はこうして破壊される――アカハタ教授150人の群像』(1969年)
  • 『人物戦後左翼文学運動史』(1969年)
  • 『大学左翼教授名鑑――2000名の先生と紛争と派閥』(1969年)
  • 『続・恐るべき民青――民青系全学連の地下作戦本部』(1969年)
  • 『安保風雲録――争乱十年の記録』(1969年)
  • 『恐るべき裁判――付表・左翼裁判官、弁護士、法学者一覧』(1969年)
  • 『暴発する新左翼――決定版・革命集団の解剖』(1969年)
  • 『労働組合の共産党員――経営を破壊する人脈』(1970年)
  • 『職場の民青――戦術はこう変った!』(1971年)
  • 『企業防衛の急所――こんな職場はどうすればよいか』(1971年)
  • 『左翼100集団――組織と戦術と人脈』(1972年)
  • 『中国要人録――党・政・軍・貿易・対日』(1972年)
  • 『大学別左翼教授総覧』(1974年)
  • 『労組対共産党――こうして職場は守られた』(1975年)
  • 『日本共産党事典 資料編』(1978年)
  • 『日本共産党系団体要覧 1981年版』(1981年)
  • 『大学教授紳士録・左翼篇――全国244大学・学部別総点検』(1984年)
  • 『全国大学別左翼系教授総覧――全国264大学・学部別総点検』(1988年)

出典[編集]

  1. 思想運動研究所 Web NDL Authorities (国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス)
  2. 水島毅『新共産党百問百話――ピラミッドのなかはどうなっているのか』全貌社、1973年
  3. 著作権判例研究会編『最新著作権関係判例集 3』ぎょうせい、1986年、64頁
  4. a b 著作権判例研究会編『最新著作権関係判例集 3』ぎょうせい、1986年、68-69頁
  5. 『マスコミ関係事件裁判例集 第3集』日本新聞協会、1981年、45-47頁
  6. 著作権判例研究会編『最新著作権関係判例集 3』ぎょうせい、1986年、62頁
  7. 「司法の独立を考える」『自由と正義』第23巻第3号、日本弁護士連合会、1972年3月
  8. 小田中聡樹『現代司法の構造と思想』日本評論社、1973年、121-126、146-147頁
  9. a b ネット46編『裁判官になれない理由――司法修習と任官拒否』青木書店、1995年、156-159頁
  10. a b 原正寿『マスコミ煽動――潜水艦「なだしお」事故の歪められた真実』全貌社、1989年、253頁(広告)
  11. 菊地謙治『日本を衰亡へ導く「東京裁判史観」』全貌社、1991年、272頁(広告)
  12. メディア・リサーチ・センター株式会社編『雑誌新聞総かたろぐ 1984年版』メディア・リサーチ・センター、1984年、879頁
  13. 猪野健治編著『右翼民族派・総覧 平成3年』二十一世紀書院、1990年、305頁
  14. 木下義昭、早川一郎『日本共産党「政権参加」近し!――不破・志位ソフト路線を読み切る 要check! 改訂・増補版』世界日報社、1999年