嵐山町
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らんざんまち
嵐山町
| 国 | |
| 地方 | 関東地方 |
| 所属 | 埼玉県川越比企地域 |
| 人口 | 17169 人 |
| 面積 | 29.92 km2 |
| 人口密度 | 573.8 人/km2 |
| 公式サイト | www |
| 自治体の花 | ツツジ |
| 自治体の木 | 梅 |
| 備考 | 人口は2026年4月1日、面積は令和3年10月1日市発表情報。人口密度は以上から計算。 |
| 役場・中心施設位置 | 埼玉県比企郡嵐山町大字杉山1030番地1 |
概要[編集]
らんざんまち
嵐山町
| 市町村コード | 11342-5 |
| 町長 | 佐久間 孝光町長 |
| 副町長 | 中嶋 秀雄副町長 |
| 人口増加率 | 0.92% |
| 世帯数 | 8,586戸 |
| 水面積率 | -% |
| 主な道路 | 関越自動車道 国道254号 埼玉県道11号熊谷小川秩父線 埼玉県道69号深谷嵐山線 埼玉県道172号大野東松山線 埼玉県道173号ときがわ熊谷線 埼玉県道251号武蔵嵐山停車場線 埼玉県道296号菅谷寄居線 |
| 観光地 | 嵐山渓谷 菅谷館 杉山城 |
小京都と称され、全国京都会議に加盟している。また、日本の国蝶であるオオムラサキが生息している。
地理[編集]
隣接する自治体[編集]
歴史[編集]
中世[編集]
嵐山町内の鎌形八幡宮で木曾義仲が産まれる。鎌倉時代には鎌倉幕府の有力御家人だった畠山重忠が嵐山の菅谷館に居を構えた。戦国時代になると後北条氏によって杉山城が築城されるも、近年では山内上杉氏によって作られた可能性が高くなり、杉山城問題として歴史ヲタの間で噂になっていた。また、この時期に菅谷館も後北条氏に使われた可能性がある。
近世[編集]
江戸時代には河越児玉往還の菅谷宿が成立し、栄えた。
戦前[編集]
明治時代の1889年に菅谷村が成立する。昭和時代の1928年頃に本多静六によって京都の嵐山の風景と似ていたため嵐山と名付けられた。なお、京都の嵐山が「あらしやま」なのに対し、この記事は「らんざんまち」である。
戦後[編集]
1967年に菅谷村は嵐山村に改称、即日町制施行し嵐山町となった。2003年に平成の大合併で東松山市・比企郡滑川町・嵐山町・小川町・都幾川村(現ときがわ町)・玉川村(現ときがわ町)・吉見町・秩父郡東秩父村で合併を行おうとしたが破綻した。2017年には杉山城と菅谷館が続日本百名城に登録された(それぞれ119番と120番)。
交通[編集]
鉄道[編集]
バス[編集]
- ときがわ町路線バス
- と01 武蔵嵐山駅(西口) - 明覚駅 - せせらぎバスセンター線
- と02 武蔵嵐山駅(西口) - 十王堂前 - せせらぎバスセンター線
- 国際十王交通
- 嵐山町コミュニティバス - 廃止
道路[編集]
高速道路[編集]
国道[編集]
県道[編集]
観光[編集]
歴史系[編集]
- 菅谷館跡
- 杉山城
- 鎌形八幡宮
- 千手院 - 962年開基された曹洞宗の寺院。比企西国三十三所観音霊場27番。
- 鬼鎮神社 - 日本で4例しかない鬼を祭る神社。(他は青森県弘前市の鬼神社、大分市の鬼神社、福岡県添田町の鬼神社]])
- 菅谷宿
- 日本赤十字社埼玉県支部旧社屋 - 明治時代の埼玉県の洋風建築の代表として有名である。