加藤一二三

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加藤 一二三(かとう ひふみ、1940年昭和15年〉1月1日 - 2026年令和8年〉1月22日)は、日本の将棋棋士。次女は仙台白百合女子大学学長の加藤美紀

プロフィール[編集]

概要[編集]

異名は、「1分将棋の神様」

京都府立木津高等学校卒業。

剱持松二九段門下(当初は南口繁一九段門下)。棋士番号は64。

14歳7ヶ月の中学生で、資格者である奨励会四段に昇段し、「神武以来(じんむこのかた)の天才」と呼ばれた。なお、藤井聡太に抜かれるまで最年少記録だった。加えて、現在も最年少である18歳3ヶ月のA級昇級記録も持っている。
獲得したタイトルは通算8期(名人1期、十段3期、王位1期、棋王1期、王将2期)である。1982年には将棋界の最高峰である「名人」を獲得した。

棋士としての通算成績は1324勝1180敗、引分1。負け続ければ強制引退で早期プロ脱落も有りの将棋界で引退年齢が77歳と遅いため、負け数は最多である。第2位は有吉道夫九段の1002敗である。対局時は昼も夜も好物の「うなどん」を注文した[1]

2017年(平成29年)の引退後はタレント活動を行い、ひふみんの愛称で親しまれた。

逝去から約5ヶ月後の2026年6月7日に「お別れ会」千駄ケ谷の「将棋会館」で開かれ、名誉十段が贈られた[2]

外部リンク[編集]

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