フェアリー ソードフィッシュ

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フェアリー ソードフィッシュ(英語: Fairey Swordfish)は、第二次世界大戦期にイギリス海軍航空隊(Fleet Air Arm, FAA)で使用された複葉機雷撃機である。その旧式な外観にもかかわらず、その堅牢性と信頼性、そして搭乗員の勇気により、第二次世界大戦初期のイギリス海軍の重要な作戦において多大な貢献を果たした。特に、タラント空襲ビスマルク追撃戦における活躍は特筆される。

開発と設計[編集]

ソードフィッシュの開発は、1930年代初頭にフェアリー・アビエーションがイギリス海軍省の要求仕様「S.9/30」に応募する形で始まった。設計はマルセル・ロベル(Marcel Lobelle)が担当し、彼の指揮のもと、フェアリー・シール(Fairey Seal)の設計を基礎に開発が進められた。原型機は1934年4月11日に初飛行を行った。この機体は当初「フェアリー トルース」(Fairey Torrus)と命名される予定だったが、最終的に「ソードフィッシュ」と名付けられた。

ソードフィッシュは、その誕生時点ですでに時代遅れと見なされがちな複葉機であり、固定脚、開放式コックピット、キャンバス張りの機体といった特徴を持っていた。しかし、これらの特徴は、空母での運用において様々な利点をもたらした。低速での安定した飛行性能は、荒れた海域での空母着艦を容易にし、頑丈な構造は、着艦時の衝撃や戦闘による損傷に耐えうるものであった。

エンジンは当初、ブリストル・ペガサス(Bristol Pegasus)空冷星形エンジンが搭載されたが、量産型ではより強力なブリストル・ペガサス III、後にブリストル・ペガサス XXXに換装された。武装は、胴体下面に1発の航空魚雷または爆弾を搭載可能で、防御用として後部座席に1丁のルイス機関銃またはヴィッカースK機関銃が装備された。後期型では、主翼下にロケット弾を搭載することも可能になった。

生産は、フェアリー・アビエーションだけでなく、ブラックバーン・エアクラフトでも行われた。総生産数は2,391機に上り、これは第二次世界大戦中のイギリス軍用機としてはかなりの数である。

戦歴[編集]

ソードフィッシュは、その旧式な外見に反して、第二次世界大戦の開戦から終戦まで、第一線で重要な役割を担い続けた。

第二次世界大戦初期[編集]

戦争初期には、主に対潜哨戒偵察船団護衛といった任務に従事した。しかし、最も劇的な活躍を見せたのは、海軍作戦における雷撃任務であった。

  • タラント空襲1940年11月11日):この作戦は、ソードフィッシュの最も有名な戦歴の一つである。イギリス海軍の空母イラストリアスから発艦した21機のソードフィッシュが、イタリア海軍の主要基地であるタラント軍港を夜間奇襲した。旧式な雷撃機による攻撃は、当時の常識を覆すものであり、この攻撃により、イタリア海軍の戦艦3隻が大破または沈没し、さらに複数の艦艇が損傷した。この作戦は、後の真珠湾攻撃にも影響を与えたと言われている。
  • ビスマルク追撃戦1941年5月26日):ドイツ海軍の新型戦艦ビスマルクは、大西洋で連合国船団を脅かす存在であった。イギリス海軍はビスマルクを追撃し、最終的にソードフィッシュが決定的な役割を果たした。空母アーク・ロイヤルから発艦したソードフィッシュは、悪天候の中、ビスマルクに魚雷攻撃を敢行し、そのを破壊することに成功した。これによりビスマルクは操艦不能となり、翌日、イギリス海軍艦隊によって撃沈された。

その後の戦い[編集]

ソードフィッシュは、その後も様々な戦場で活躍した。

  • マルタ島への補給作戦地中海戦線では、ドイツ・イタリア軍の空襲に晒されるマルタ島への補給船団を護衛するため、ソードフィッシュが対潜哨戒や雷撃任務に投入された。
  • 北極圏の船団護衛北極海におけるムルマンスクへの船団護衛でも、極寒の厳しい環境下でソードフィッシュは対潜哨戒や偵察任務に従事した。その堅牢な構造と信頼性は、こうした過酷な環境での運用に非常に適していた。
  • 対潜作戦:戦争中期以降は、新型の単葉機が雷撃任務の主役となるにつれ、ソードフィッシュは主に対潜作戦へと任務を移行していった。主翼下のロケット弾を装備したソードフィッシュは、潜水艦にとって非常に脅威的な存在となり、多くのUボートを撃沈した。

派生型[編集]

ソードフィッシュにはいくつかの派生型が存在する。

  • ソードフィッシュ Mk.I:初期量産型。木製プロペラを装備。
  • ソードフィッシュ Mk.II:エンジン出力が向上し、プロペラが金属製になった。主翼下面に装甲板が追加され、ロケット弾や小型爆弾の搭載能力が強化された。対潜哨戒任務で多用された。
  • ソードフィッシュ Mk.III:主翼下面にASVレーダー(Air-to-Surface Vessel radar)のアンテナを収納するためのレドームが追加され、夜間や悪天候下での対潜索敵能力が向上した。
  • ソードフィッシュ Mk.IV:カナダでの運用を想定した型で、密閉式コックピットが特徴。少数が生産された。

評価[編集]

ソードフィッシュは、その旧式な外見から「ストリングバッグ」(Stringbag, 巾着袋)という愛称で呼ばれた。しかし、この愛称は親愛と敬意を込めて使われたものであり、その性能は決して侮れるものではなかった。低速で安定した飛行は、正確な雷撃を可能にし、堅牢な構造は、敵の攻撃や着艦時の衝撃に耐えうるものであった。また、搭乗員からの信頼も厚く、その適応性の高さから、多様な任務に投入され、多くの戦果を挙げた。

第二次世界大戦中、より高速で強力な単葉機が開発される中、ソードフィッシュは時代遅れの存在として見られることもあったが、その信頼性と実用性は、終戦までイギリス海軍航空隊の主力機の一つとして活躍し続けることを可能にした。最後のソードフィッシュが退役したのは1945年5月21日であり、これはヨーロッパにおける戦争終結の数週間後であった。

豆知識[編集]

  • ソードフィッシュの設計者であるマルセル・ロベルは、ベルギー出身の技術者である。
  • 「ソードフィッシュ」とはメカジキのことである。
  • ソードフィッシュは、低速で飛行できるため、対空砲火の照準が合わせにくく、意外にも被弾率が低かったと言われている。
  • 現存する飛行可能なソードフィッシュは、世界で数機しかない。

関連項目[編集]