Sd.Kfz.2 ケッテンクラート
ケッテンクラート(ドイツ語: Kettenkrad)は、第二次世界大戦中のナチス・ドイツでNSU社によって開発・製造された半装軌式オートバイである。正式名称はSd.Kfz.2(Sonderkraftfahrzeug 2、特殊自動車2号)であり、「ケッテンクラート」は「履帯(Ketten)付きモーターサイクル(Kraftrad)」を意味する愛称である。
概要[編集]
ケッテンクラートは、1939年にNSU社によって開発された、前輪にオートバイと同様の操舵機構を持つフォークとタイヤ、後部に履帯を持つ独特の構造をした小型の半装軌車である。その開発目的は、山岳地帯や悪路における兵員輸送、牽引、偵察など多岐にわたる用途での運用を想定したものであった。
当初は空挺部隊での運用が考慮されており、航空機による輸送やグライダーからの投下も視野に入れられていたため、小型・軽量に設計された。しかし、その汎用性の高さから、ドイツ国防軍および武装親衛隊の幅広い部隊で使用されることとなった。
開発と生産[編集]
ケッテンクラートの開発は、NSU社の技術者、ハインツ・ケッティング(Heinz Ketting)によって主導された。1939年に最初のプロトタイプが完成し、1941年から量産が開始された。
初期生産型はSd.Kfz.2として知られ、主に人員輸送や小型の火砲、弾薬、機材の牽引に用いられた。生産はNSU社のほか、シュトック・モトレン AG(Stock-Motoren AG)でも行われた。
生産期間は1941年からドイツが降伏する1945年まで続き、総生産台数は約8,345両に上る。終戦後も一部の車両は民生用に転用され、林業や農業などで使用された例もある。
バリエーション[編集]
ケッテンクラートには、基本的なSd.Kfz.2以外にいくつかのバリエーションが存在する。
この他、少数が航空機の牽引車として滑走路で使用された例や、ロケット弾発射装置を搭載した試験的な車両も存在したとされる。
構造と性能[編集]
ケッテンクラートの最大の特徴は、前輪のオートバイ的な操舵と後部の履帯駆動を組み合わせた点である。
操縦は、低速時は前輪のハンドル操作によって行われるが、高速走行時や急旋回時には、自動車のステアリングホイールのように、ハンドルを左右に回すことで履帯の左右に差動ブレーキをかけることで旋回する仕組みになっている。この操舵システムにより、優れた小回り性能と不整地走破性を両立している。
機関部には、オペル・オリンピア(Opel Olympia)製の水冷4気筒ガソリンエンジンが搭載され、最高速度は路上で70 km/hに達した。不整地でも45 km/h程度の速度で走行可能であり、その機動性は高く評価された。
履帯は、ドイツ戦車と同様のトーションバー・サスペンションによって支持されており、優れた悪路走破性と乗員の快適性を確保していた。
乗員は1名(運転手)と後部に2名の兵員が搭乗可能で、必要に応じて荷台に物資を積載することもできた。
運用[編集]
ケッテンクラートは、第二次世界大戦における様々な戦線で運用された。
- 東部戦線:泥濘地や雪の多いロシアの大地で、その高い不整地走破性が威力を発揮した。補給部隊での物資輸送や、対戦車砲などの小型火砲の牽引に多用された。
- 北アフリカ戦線:砂漠地帯での運用も行われたが、履帯の摩耗や冷却の問題から、必ずしも最適な環境ではなかったとされる。しかし、その機動性は偵察任務などで重宝された。
- 西部戦線:ノルマンディー上陸作戦以降の撤退戦では、人員輸送や負傷者の搬送、通信線敷設など、多岐にわたる任務に従事した。
また、少数のケッテンクラートが大日本帝国陸軍にも供与され、その運用が試みられた記録も残っている。
諸元[編集]
豆知識[編集]
- ケッテンクラートのユニークな外見から、ドイツ兵の間では「カブトムシ」や「クローラーバイク」といった愛称で呼ばれることもあった。
- 第二次世界大戦後、フランスやチェコスロバキアなどで、鹵獲されたケッテンクラートをコピーした車両が少数生産された例もある。
- 現在でも、良好な状態で保存されたケッテンクラートが世界各地の博物館や個人コレクターによって所有されており、一部は動態保存されているものもある。日本の個人コレクターが所有する車両が、テレビ番組などで紹介されたこともある。
- ケッテンクラートは、その独特な形状と多用途性から、模型やプラモデルの題材としても人気が高い。
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- グランドパワー編集部 『ドイツ軍 半装軌車 (グランドパワー別冊)』 ガリレオ出版、2008年1月1日。ISBN 978-4775511394。
- 高橋慶史 『ドイツのV号戦車パンター(PANZER Special No.1)』 大日本絵画、2000年2月1日。ISBN 978-4499227187。(注:パンターに関する書籍ですが、当時のドイツ軍車両全般に関する記述中にケッテンクラートへの言及がある可能性があります。)
- 吉川和篤、山野治夫 『図解 ドイツ陸軍機甲部隊 全史』 新紀元社、2019年9月1日。ISBN 978-4775317378。