キリストの墓
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キリストの墓(キリストのはか)は、青森県三戸郡新郷村に存在する、イエス・キリストの墓とされる場所である。
一般的なキリスト教史との整合性については、多くの研究者が「かなり厳しい」としている。
概要[編集]
1935年(昭和10年)、「竹内文書」の記述をもとに、竹内巨麿によって発見されたとされる。
伝承によれば、イエス・キリストはゴルゴダの丘で磔刑に処される直前、弟「イスキリ」を身代わりにし、自身は日本へ渡来。その後、戸来村(現在の新郷村)で農業を営みながら余生を過ごし、106歳で死去したという。
情報量が多い上に、急に青森ローカル色が強くなる。
墓所には「十来塚(じゅうらいづか)」と呼ばれる塚があり、キリスト本人の墓とされる。また、その隣には身代わりとなったイスキリの墓とされる「十代墓」が存在する。
由来[編集]
この伝説の根拠となっている竹内文書は、古代史や超古代文明に関する記述を多数含む文書群である。
ただし、歴史学上では偽書とみなされている。
そのため、「キリストが青森で暮らしていた」という説は学術的には支持されていないが、地域文化・観光資源としては一定の知名度を有している。
現地[編集]
現在、墓周辺は「キリストの里公園」として整備されている。
毎年6月には「キリスト祭」が開催され、神式の儀礼や「ナニャドヤラ」と呼ばれる民俗芸能が奉納される。
キリスト教、神道、盆踊りが一か所で共演する珍しい空間となっている。
評価[編集]
日本国内でも特に著名な珍スポット・オカルトスポットの一つとして知られている。
一方で、新郷村側は「真偽を断定するものではなく、地域の伝承として紹介している」という立場を取っている。