シコルスキー MH-53
シコルスキー MH-53は、シコルスキー・エアクラフト社が開発したアメリカ空軍の長距離戦闘捜索救難(CSAR)および特殊作戦用ヘリコプターである。CH-53 シースタリオンをベースとしており、特に低高度侵入と悪天候下での運用能力を強化している。
開発[編集]
MH-53の開発は、ベトナム戦争中の捜索救難任務におけるHH-3E ジョリー・グリーン・ジャイアントの性能限界が明らかになったことに端を発する。より高速で航続距離の長く、より多くの物資を搭載できるヘリコプターが求められ、既に海兵隊で運用されていたCH-53 シースタリオンをベースとすることが決定された。
最初のCSAR任務に特化した派生型は、HH-53BおよびHH-53Cであった。これらの機体は、空中給油プローブ、追加装甲、自己防衛用機関銃などを装備し、敵地での救難活動に対応できるよう改修された。
1980年代に入ると、夜間および悪天候下での低空侵入能力の向上が求められ、既存のHH-53Cを大幅に改修したMH-53Jが開発された。「ペイブ・ロー」(Pave Low)計画の一環として、地形追従レーダー、前方監視赤外線(FLIR)、慣性航法装置(INS)などが統合され、全天候下での特殊作戦遂行能力を獲得した。
設計[編集]
MH-53は、CH-53の大型胴体と強力なエンジンをベースとしている。特筆すべきは、低高度での地形追従飛行を可能にする高度なアビオニクススイートである。
- 地形追従レーダー:機体の前方にある障害物や地形の変化を検知し、自動的に最適な飛行経路を維持する。これにより、夜間や悪天候下でも低空侵入が可能となる。
- 前方監視赤外線(FLIR):暗闇の中でも地上の熱源を検知し、パイロットに視覚情報を提供する。
- 慣性航法装置(INS)とGPS:高精度な位置情報を提供し、正確な目標地点への到達を可能にする。
- 電子戦システム:敵のレーダーやミサイルからの脅威を回避するためのチャフ/フレアディスペンサーやレーダー警戒受信機などを搭載している。
- 自己防衛用武装:主にM2重機関銃やミニガンを搭載し、脅威に対する自衛能力を持つ。
- 空中給油プローブ:空中給油能力により、長距離ミッションや長時間の滞空が可能となる。
これらの装備により、MH-53は夜間や悪天候といった視界不良な状況下でも、低空を高速で飛行し、敵のレーダー網を回避しながら任務を遂行することができた。
運用史[編集]
MH-53は、アメリカ空軍の特殊作戦部隊において、その運用期間を通じて多岐にわたる重要な任務に従事した。
- イランアメリカ大使館人質事件(イーグルクロー作戦):この作戦では、まだHH-53が使用され、その後のMH-53開発に教訓をもたらした。
- 湾岸戦争:MH-53Jは、友軍の戦闘機が空爆を行う前に、敵のレーダーサイトを破壊する「ディープ・インサート作戦」や、戦闘捜索救難任務に従事した。砂漠の嵐作戦では、開戦劈頭にイラクの早期警戒レーダーサイトを破壊する任務に成功し、連合軍の航空優勢確立に貢献した。
- ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争:パイロットの救出任務など、困難な状況下での作戦に参加した。
- アフガニスタン戦争、イラク戦争:特殊部隊の挿入・回収、負傷兵の輸送、CSAR任務などに広く投入された。特に、夜間の砂漠地帯での低空飛行はMH-53の真骨頂であった。
MH-53は、その卓越した性能とパイロットの高い練度により、数々の困難な任務を成功に導いた。しかし、老朽化と後継機の登場により、2008年に全ての機体が退役した。後継機はV-22 オスプレイやMH-60 ブラックホークなどである。
派生型[編集]
- HH-53B:CSAR任務用に改良された初期型。空中給油プローブなどを装備。
- HH-53C:HH-53Bの改良型で、より強力なエンジンと装甲を強化。
- MH-53J ペイブ・ロー III:HH-53Cを大幅に改修した特殊作戦用ヘリコプター。地形追従レーダー、FLIR、GPSなどの高度なアビオニクスを統合。
- MH-53M ペイブ・ロー IV:MH-53Jのさらなる改良型。より高度なコックピットディスプレイと電子戦システムを搭載。
諸元 (MH-53J)[編集]
- 乗員:6名(パイロット2名、フライトエンジニア2名、ガンナー2名)
- 全長:27.9 m
- ローター直径:22.0 m
- 全高:7.6 m
- 自重:14,515 kg
- 最大離陸重量:22,680 kg
- エンジン:ゼネラル・エレクトリック T64-GE-100 ターボシャフトエンジン 2基
- 出力:各 4,330 shp (3,230 kW)
- 最大速度:315 km/h
- 巡航速度:278 km/h
- 航続距離:920 km (外部燃料タンクなし)
- 実用上昇限度:4,875 m
- 上昇率:11.2 m/s
- 武装:
- M2重機関銃またはミニガン(側面ドアおよび後部ランプ)
豆知識[編集]
MH-53の愛称である「ペイブ・ロー」は、レーダーを搭載し、低高度を飛行する能力を指す言葉です。これは、地形追従飛行や敵のレーダー網を回避する能力に由来しています。MH-53は、その巨大な機体にもかかわらず、低空を高速で飛行し、静かに目標に接近することが可能でした。映画やドキュメンタリーにも登場することが多く、その独特なシルエットは多くの航空ファンに記憶されています。また、その頑丈な構造と高い生存性は、数々の過酷な任務を生き抜く要因となりました。
関連項目[編集]
参考書籍 (国内)[編集]
- 『世界の傑作機 No.108 シコルスキー CH-53』文林堂、2005年。
- 『ミリタリー・エアクラフト・スペシャル No.2 特殊作戦機』イカロス出版、2008年。