論語

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『論語』(ろんご)は、孔子とその弟子たちの言葉や行動、問答などを集めた、中国の古典。儒教の基本的な文献のひとつで、『大学』『中庸』『孟子』とともに四書に数えられる[1]。

成り立ち[編集]

孔子の死後、弟子やその後継者に伝えられた言行をもとに、段階的に編集されたと考えられている。編者や成立年代の詳細には諸説がある[1]。

漢の時代には、魯論・斉論・古論など、内容や篇数の異なる系統の本文が伝えられていた。それらを比較・整理する作業を経て、後世に本文が受け継がれた[1]。

構成と内容[編集]

現在一般に読まれる『論語』は、学而第一から堯曰第二十までの20篇からなる。篇名には各篇の冒頭の語句が用いられている[1]。各篇には短い発言や問答が収められ、「子曰く」(先生がおっしゃった)という形で孔子の言葉を記す章も多い[2]。

内容は、仁や礼、親への孝、学問や自己の修養、友人との関係、国の治め方など、多方面にわたる。人としてどのように生きるかを問い、理想的な人物像として君子を重視している[1]。

主な言葉[編集]

『論語』には、後世に繰り返し引用されてきた言葉が多い。以下はその例である。

言葉(原文) 出典 意味の概略
學而時習之、不亦說乎 学而篇[2] 学んだことを繰り返し習い、身につける喜びを説く。
溫故而知新 為政篇[3] 過去の学びをたどり直し、新しい理解を得る。「温故知新」の出典。
己所不欲、勿施於人 衛霊公篇[4] 自分がされるのを望まないことは、相手にも行わない。

注釈[編集]

『論語』には多くの注釈書が作られた。代表的なものに、三国時代の魏の何晏による『論語集解』や、南宋の朱熹(朱子)による『論語集注』がある。『論語集解』などの系統は古注、朱熹の注釈は新注と呼ばれる[5]。

注釈家や学派によって、語句の読み方や教えの解釈には違いがある。日本でも、古注と新注の違いを踏まえた読み方や訓点が受け継がれた[5]。

日本での受容[編集]

日本では古代から教育や学習に用いられ、律令制の大学では学生が共通して学ぶ書とされた。『論語』の一節を記した木簡も出土している[6]。

江戸時代には、朱子学に基づく解釈に加え、伊藤仁斎の『論語古義』など、異なる立場からの研究も行われた[5]。

近代には、実業家の渋沢栄一が『論語』を事業や社会生活の指針として重視した。渋沢の講演や口述などをまとめた『論語と算盤』は1916年に刊行され、道理にかなった富の追求や、道徳と経済活動の結び付きを説いている[7]。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ↑ a b c d e 論語 『デジタル大辞泉』『日本大百科全書(ニッポニカ)』『改訂新版 世界大百科事典』ほか、コトバンク、2026年10月22日閲覧。
  2. ↑ a b 学而第一:1 子曰學而時習之章 ウェブ漢文大系、2026年10月22日閲覧。
  3. ↑ 為政第二:11 子曰温故而知新章 ウェブ漢文大系、2026年10月22日閲覧。
  4. ↑ 衛霊公第十五:23 子貢問曰有一言而可以終身行之者乎章 ウェブ漢文大系、2026年10月22日閲覧。
  5. ↑ a b c 古典籍のインターフェース 第II部 本の構成 筑波大学附属図書館、2026年10月22日閲覧。
  6. ↑ 木簡庫:6AAFPQ46000003 奈良文化財研究所、2026年10月22日閲覧。
  7. ↑ 『論語と算盤』とは 公益財団法人渋沢栄一記念財団、2026年10月22日閲覧。