石原詢子
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| 2023年9月撮影 | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | 石原 悦子[1] |
| 別名 |
美風(吟号)[2] いとう 冨士子(ペンネーム) |
| 生誕 | 1968年1月12日(58歳)[3] |
| 出身地 |
|
| ジャンル | 演歌・歌謡曲、詩吟 |
| 活動期間 | 1988年 - [5] |
| レーベル | ソニー・ミュージックレーベルズ |
| 事務所 | 石原音楽事務所 |
| 公式サイト | 石原詢子 公式ホームページ |
石原 詢子(いしはら じゅんこ、1968年〈昭和43年〉1月12日 - )は、岐阜県揖斐郡池田町出身の演歌歌手[4][6]。代表曲は「三日月情話」「夕霧海峡」「みれん酒」「ふたり傘」[7][8]。吟詠家としても活動している[9]。
来歴[編集]
生い立ち[編集]
6人兄弟の4番目、長女として誕生[10][11]。兄や弟と一緒に野球や木登りをして遊ぶ活発な少女であった[12]。
実家は詩吟の家元で、4歳から詩吟を習いはじめる[6][13]。兄弟のなかでも毎日4時間の稽古に耐えたのは石原だけであった[14][15]。12歳で師範代となり、高校時代は生徒への指導も行っていた[16][注 1]。
小学4年生のときにテレビで石川さゆりの歌唱を目にして、将来は演歌歌手にという夢をもつ[6]。子供ながらに上京計画を立て、小遣いやアルバイト代を貯金していた。
上京[編集]
歌手の道を父親に猛反対され、(1)新聞配達をする(2)自活する(3)毎日実家に電話をする(4)20歳までにチャンスを掴めなければ実家に戻るという条件で高校卒業と同時に上京[出典 1]。新聞配達・うどん屋・コンビニ・居酒屋・レンタルビデオ店のアルバイトを掛け持ちして歌のレッスンに通った[17][注 2]。居酒屋で働く際は「お酒の出るお店で働くなんて、とドキドキした」と当時を振り返っている[20]。冬場はしもやけをつくりながらも新聞配達を続けた[19]。
上京当初は大田区平和島にある新聞販売店の寮で生活したが、下着を盗まれることが何度もあり半年で引っ越しをすることになった[21][22][注 3]。翌夏には森口博子主演のミュージカルに本名の石原悦子名義で出演。森口からは現在でも「えっちゃん」と呼ばれている[23][24]。
上京から1年あまり経った頃に、レコード会社によるスタジオ審査の機会に恵まれる[19]。そこでは「演歌みち」(松原のぶえ)・「浮草ぐらし」(都はるみ)・「津軽海峡・冬景色」(石川さゆり)を歌唱[19]。当時は様々なオーディションを受けるも落選しており、審査でも手応えを得られず「たぶんダメだろうな」と思っていた[19][25]。しかし数日後に再びスタジオに来るよう連絡があり、CBSソニーとスリースタープロにスカウトされた[19]。当時は化粧道具を持っておらず、素顔でスタジオを訪ねたため「お化粧ぐらいしてこいよ」と言われたという[19]。演歌界はスカウトされても数年単位でデビューを待つのが普通であるが、トントン拍子でデビューの話が進む[出典 2][注 4]。
歌手デビュー[編集]
父親に「20歳までにチャンスを掴めなければ実家に戻る」ように言われていたが、20歳の誕生日を前に歌手デビューが決定[25][37]。成人の日には岐阜に帰省して家族にデビュー決定の報告をした[37]。1988年10月21日、CBSソニーより「ホレました」で歌手デビュー[38]。キャッチフレーズは「演歌のアイドル(エンドル)」「私はあなたの日本一。」で、衣装も着物ではなくミニスカートであった[出典 5]。歌手の道に猛反対していた父親も、開店前からレコード店に並んで石原のデビューシングルを購入[27]。応援団へと一変し、石原のメディア出演を楽しみとしていたという[39]。
しかし、レコード会社には一押しの新人が別におり、石原との売り出しの格差は歴然であった[40][注 5]。デビュー後の数年は下積みを経験する[41][42]。テレビ・ラジオ出演はほとんどなく、全国のカラオケスナック、カラオケ喫茶をまわる日々を過ごした[18]。キャンペーン[注 6]に客が数人しか集まらなかったり、酒場での手売りが辛くて泣いたりすることもあったが「最初の5年が私を強くしてくれました」と石原は述懐している[50]。
転機[編集]
デビュー7年目の1995年に「夕霧海峡」がヒットし頭角を現した[42][52]。しかし、同曲の発売日を挟んだ約2週のあいだに両親が相次いで死去[6]。両親はともに心筋梗塞を患っていた[39]。葬儀の2日間だけスケジュールを空けて、悲しみを振り切るようにキャンペーンに明け暮れた[22]。帰る場所をなくしたことで歌手として生きてゆく覚悟ができたという[6][53]。
若手歌手として人気を伸ばし、1997年に長山洋子の後任としてNHK『どんとこい民謡』の司会に抜擢[54][注 7]。1998年より『コメディーお江戸でござる』に準レギュラー出演[54]。娘役だけでなく男役「詢吉」・タヌキ・妖怪などもコミカルに演じた。
1999年、スリースタープロのタレント部門解散に伴い、個人事務所「石原音楽事務所」を設立。
人気演歌歌手に[編集]
同年、悲恋を明るい曲調で歌う「みれん酒」がヒット[56]。同曲はロングセールスとなり、翌2000年に『NHK紅白歌合戦』初出場を果たす[22][57]。紅白は父親の夢でもあり[39]、喜びの一方で両親に晴れ姿を見せられない悔しさもあったという。
2004年、第84回天皇杯全日本サッカー選手権決勝にて51,000人の観衆を前に国歌を歌唱した[58]。
2006年に『終着駅』で舞台初主演、翌年は『東京』に主演(新宿スペース107)[出典 7]。ハロー!プロジェクトのメンバーが多く出演しており、前後の公演では安倍なつみ・後藤真希が主演を務めた[出典 8]。
2007年、故郷である岐阜県の「飛騨・美濃観光大使」第1号に就任した[6]。
多様なジャンルへの挑戦[編集]
2011年、初の自作詞シングル「逢いたい、今すぐあなたに…。」を発表[65]。「母が生きた証を形に残したい」との思いから作詞・作曲の際は母親の旧名「いとう冨士子」をペンネームとして用いている[19][注 8]。その後、デビュー25周年を迎えた頃から「歌の幅を広げたい」という思いを強くしてゆく[27]。これまでにフォーク歌謡の「あまやどり」、ロック調の「何も始まらないなら」、ポップスバラード「逢いたい、今すぐあなたに…。」「ただそばにいてくれて」をリリースし、ポップス調の歌にも定評がある[67]。
2018年、生前の父親との約束を受けて詩吟揖水流詢風会(いすいりゅうじゅんぷうかい)を発足[6][68]。歌手業のかたわら、東京と大阪を拠点に詩吟教室を開催している[69]。9月には全曲詩吟のアルバム『詢風〜吟詠の世界〜』を発売した[70]。中野サンプラザホールでの30周年コンサートでは、演歌だけでなく詩吟・歌謡浪曲・50歳で習い始めたピアノの弾き語りも披露した[出典 9]。
2021年、公式YouTubeチャンネル「詢ちゃんねる」を開設[73]。自ら愛猫の動画を編集し、日常系動画の投稿やライブ配信を行っている[74][75]。愛猫は友人から譲り受けたスコティッシュフォールドの兄妹で、折れ耳のだいず・立ち耳のきなこ・末っ子のあずき(詳細は後述)[出典 10]。愛猫はシングル「ただそばにいてくれて」のミュージックビデオにも登場している[27]。
2023年、自身で作詞・作曲を手掛けた「五島椿」を発売し[77]、五島市ふるさと大使・新上五島町観光物産大使に任命された[78]。
2026年2月6日、初期の乳がんと診断され、手術を受けていたことを報告した[79]。
人物[編集]
特徴[編集]
詢子の「詢」の字は「まこと」という意味[13]。詩吟のほかに詩舞・剣舞の師範代でもある[80]。身長161 cm[5]。童顔の顔立ちで、笑うと口元にえくぼが出来る[40][81]。
性格は本人いわく頑固、おっちょこちょい[出典 11]。坂本冬美によれば「色気がないから、私が兄で詢子ちゃんは弟だと言われている[84]」。楽曲を提供した古内東子は「いい意味で男らしい」「要所要所に乙女チックなところが垣間見られる、乙女な部分があるのが魅力的」と評する[85]。ファンからは「純粋さと透明感を失わないところ」「色っぽさと可愛さが同居した歌声」などを慕われている[86]。
透明感と温かみのある、明るくやわらかい歌声が特徴[19][85]。自身のラジオ番組で行った全シングル人気投票では30曲以上ある演歌を抑えて、ポップスの「ただそばにいてくれて」が3位にランクインした(1位「みれん酒」、2位「夕霧海峡」)。ボイストレーニングではJUJUやMr.Childrenの曲も歌っており、TBS『演歌の乱』でMr.Childrenの「innocent world」の歌唱を披露した[87][88]。
一日署長を務めた際の婦人警官のほか、これまでにバスガール[89]・眼鏡のOL[90][91]・ブレザーの制服[92]・セーラー服[93]・陸上部員[93]・女教師といった衣装を歌番組などで着用している。本人はコスプレの演出も楽しんでいるという[89]。
公式ブログでは「すっぴん」の写真をたびたび公開している[94][95][96]。
嗜好[編集]
好きな食べ物はラーメン・うどん・焼きそば・イカ・桃など[出典 12]。アルバイト時代は給料日にラーメンを食べに行くことが楽しみであった[97]。最後の晩餐に食べたいのは東京都「えぞ菊」の味噌ラーメンだと述べている[97]。また、幼少期から変わらずにベビースターラーメンが大好物である[102]。
ジャージに凝っており、外出用と部屋着用とで使い分けている。
恋愛については「じっくり、じーっくり好きになる」タイプ[103]。インタビューにて「見た目がかっこいいことには男性の魅力を感じない」と述べていた[104]。理想の男性は朴訥とした人で「結婚するなら西田敏行さんのような方」と憧れている[103][105]。西田が亡くなった際には、共演時のツーショットを公開し「西田さんの笑顔は永遠に私の心の中で輝いています」と追悼した[105]。
趣味[編集]
絵を描くことが好きで[5]NHKハート展に参加したことがあるほか、シングル作品には盤面に石原による絵を施した物もある。
また料理好きで、仕事場に弁当を持参する際はスタッフの分まで手作りしている[41][106]。高校時代も自分で弁当を作っていた[107]。大家族で母親の手伝いをして育ったため、煮物などの家庭料理が得意である[11]。
中学時代はテニス部に所属[108][109]。ゴルフのアベレージスコアは95前後、ベストスコアは2024年の79[110]。水泳が得意で、デビュー当時は近所の区営プールに通っていた[111]。2025年現在は伍代夏子主宰の卓球同好会「美魔女艶歌卓球部」に参加している[112]。 デビュー当時は赤川次郎のファン[113]。歴史関係の本も好きである[114]。
2000年頃は家庭用ゲーム機PlayStation 2を所有し、ゲームに熱中していた[115]。
交友関係[編集]
浪曲師の二葉百合子に師事[116][117]。同じく二葉門下生の原田悠里・坂本冬美・藤あや子・島津亜矢と「二葉組」を結成し、定期的に集まっている[117][118]。また、石原が歌手を志したきっかけである石川さゆりも姉弟子にあたる[119]。石原と同じく未婚の坂本は「私が結婚しないとお嫁に行けないということなんですよ。私のことは気にしないでご自由にどうぞ。先に!」と述べている[120]。年下の島津とは「じゅんじゅん」「あやや」と呼び合う仲で、島津は「緊張の私の心を和らげようと、優しく手を握ってくれた」と舞台裏での石原とのエピソードを明かしている[出典 13]。
後輩歌手の大石まどかとは一緒に旅行をしたり、北海道にある大石の実家に泊まったりする間柄である[106]。
ストレスで声が出なくなったために長期休養し、その後歌手復帰を果たした岩本公水は「私も詢子さんみたいな先輩になれるように……、後輩にも優しくしてあげたい……」「私が苦しい時……、いつも、どんな時も支えて下さった詢子さん。一生忘れません」と公式ブログに綴っている[出典 14]。
デビューまで[編集]
幼少期は近所の子供たちと岐阜の野山を駆け回っていたが、中学以降は一変して「大人しかった」「クラスの男子と話した記憶がない」と振り返っている[127]。上京当初は都市部の実態を知らなかったため、路上で寝ているホームレスや酔っ払いを見つけるたびに「大丈夫ですか?」と声を掛けていた[17]。
石原が勤務した新聞販売店は2008年時点で現存しており、雑誌の企画で訪問、店主の夫人と再会した[17]。女性は石原を「えっちゃん」と呼び、石原が18歳という年齢の割に無防備であったために、男性従業員を近づけないよう神経を使ったと、当時の裏話を語った[17][注 9]。
演歌歌手は両親が演歌好きという環境で育った者が多く、子供を歌手にすべく家族が先導する例も少なくない[出典 15]。また、各地のカラオケ大会でスカウトされてデビューするのが主流であり、父親の反対のもとでツテもなく上京した石原は珍しいケースである[39][138]。
1980年代後半、CBSソニーの関係者は「アイドル気のない子が演歌に行く」状況であるとして「ビジュアルの良い子が出てきたらいいのに」と考えていた[139]。石原は所属事務所がチェッカーズを擁するスリースタープロであったことから、楽曲・衣装ともに自然とアイドル的な路線がとられた[出典 16]。
脚注[編集]
注釈[編集]
- ↑ 受賞歴は「第19回中部9県詩吟大会」幼少年の部優勝(7歳)、「日本コロムビア詩吟音楽会全国大会」最優秀賞(11歳)など[9]。当時の教え子たちは、石原がサブ司会を務めた歌番組にサプライズ出演した。
- ↑ 朝3時半に起床し新聞配達、午前中はうどん屋で働き、午後からは歌や芝居のレッスンを受けつつ、その合間を縫ってコンビニ・居酒屋・レンタルビデオ店のアルバイトという流れ[19]。
- ↑ 石原が住んだのは木造モルタルアパートの2階である[17]。
- ↑ 氷川きよしはスカウトから約4年後、北山たけしは北島三郎の内弟子経験8年後にそれぞれデビューした[28][29]。三山ひろしはデビュー前の修行が「3年しかなかった」と発言している[30]。女性歌手でも伍代夏子はレコード会社で3年のお茶汲み、杜このみは6年、門松みゆきは10年のレッスン生活を送った[出典 3]。若くしてスカウトされ高校卒業まで待つパターンもあるが、上記の歌手は20代から30代でのデビューである[出典 4]。
- ↑ 一押しは同年度デビューの尾鷲義人。日本レコード大賞をはじめ、日本歌謡大賞・日本有線大賞・FNS歌謡祭・歌謡ゴールデン大賞・銀座音楽祭と新人賞を総なめにした。
- ↑ インストアイベント(ショッピングセンターなどの特設ステージで歌唱し、CD購入者への特典会を開く[43][44])とは異なり、飲食店のホールや商店街にあるレコード店の店頭で歌唱し、CDを手売りする[45][46]。酔客は歌を聴かないばかりか「邪魔だ!帰れ!」「引っ込め」などと怒鳴ることも珍しくない[47][48]。また、酌を要求する者、肩や腰に手をまわして必要以上に体に触れる者もいる[48][49]。このような店を1日に5軒から10軒程度まわる[出典 6]。このため演歌関係者はキャンペーンを地道で過酷なものと位置付けている[51]。
- ↑ 長山は1968年1月13日生まれで、1968年1月12日生まれの石原と生年月日が1日違いである[55]。
- ↑ 父親については吟号である「源風(げんぷう)」をデビュー20周年記念アルバムのタイトルとして用いた[66]。
- ↑ 女性は、自分だけでなく周囲も含めて「とてもかわいい子だから男の子が手を出してきたら大変だって、いつもそれしか考えてなかったのよ」と当時を振り返った[17]。
出典[編集]
- ↑ “第170回 石原詢子”. BS日テレ. 2024年12月14日確認。
- ↑ “ホーム - 揖水流詢風会 詩吟教室”. 揖水流詢風会 詩吟教室. 2024年12月14日確認。
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<ref>タグです。「hokuhoku」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません - ↑ 2018年9月19日『せんねん灸プレゼンツ しあわせ演歌・石原詢子です 』(ラジオ大阪)
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<ref>タグです。「momo」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません - ↑ “50年続いてる大好物”. 石原詢子Official Blog〜詢子のひとりごと〜 (2021年5月23日). 2024年11月13日確認。
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<ref>タグです。「iwamotoomoi」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません - ↑ 2017年10月27日『おはよう歌一番』(ラジオ日本)
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出典リンク[編集]
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- ↑ [25][53][104][140]
外部リンク[編集]
- 石原詢子 公式ホームページ
- 石原詢子 ソニーミュージックオフィシャルサイト
- 石原詢子オフィシャルブログ「〜詢子のひとりごと〜」 - Ameba Blog
- 石原詢子(@junko_ishihara) - 𝕏(旧:Twitter)
- 石原詢子 staff - Facebook
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- 詢ちゃんねる - YouTubeチャンネル
- 石原詢子オフィシャルチャンネル - YouTubeチャンネル - ミュージックビデオ中心(2025年現在)